昨年から単舟で参加するようになった。
きっかけは、アウトリガーを肯定することがそのエネルギーだった。 だが、やってみるとそれはそれで面白い。 1回で止めるつもりが、もう少し極めてみたい気になってくる。 レースのため、というより単舟そのものに興味が沸いてきた。 

それでも「サバニの本来の姿は 」などという、枠にはめるような意見には今も賛成できない。 全ての道具がそうであるように、道具という道具は例外なく、どんどん進化すべきだし、それは代々培われてきた文化とて変わりはない。 

だから近年、古式部門が入賞するようになっているのが少し気になる。 
当然ながら私自身は単舟で速く走るための努力をするが、アウトリガー付で参加しているチームは、更にその機能を進化させて、単舟で参加しているチームには圧倒的な速さで勝って欲しい。
 
昨年は島内レースとなり、6メートルでのサバニが海峡を渡る。というチャレンジはならなかった。 
6メートルのサバニで一度はこの海峡を渡ってみたい。 小さいながらも思いのほか波にも強いことが分かってきた。 
舟は大きければ大きいほど波に強いし、水線長が長ければ長いほど早い。という常識も、だからこそ、この6メートルのサバニでのやりがいを感じる。 

他のサバニからすれば、多くの面で劣る。 
そのハンディをレースまでの準備でどこまで縮めることが出来るか? 
初めてレースに参加した時のように、工房で試行錯誤を繰り返し準備するのも、楽しみの一つだ。
レースは、たった数時間で終わってしまう。だがレースに向けての準備は、その何百倍もの時間がかかる。この準備こそがレースの醍醐味だと思う。 
その装備のひとつひとつを製作することで、サバニを少しずつ理解できるようになる。



レースである以上、その最大の目的は「早く走る」ことにある。 
当然と言えば当然なことだが、その努力は、サバニのポテンシャル、乗り手の技術向上に大きく貢献する。この努力無しに、近年私たちが行っている航海は成しえなかったのではなかろうか? 
努力の成果は、レース結果以外にも多くのものを私たちに与えてくれる。


最近の準備は、レースのためというより航海のための準備に多くの時間を割くようになっている。 

例えばマストは木ではなくウインドサーフィンのマストのように、もしレースに材料の規制が無ければ、私は躊躇なくカーボンマストを使用するだろう。 

他の装備や機能も近代の素材を研究して取り入れるはずだ。 素材や形の規制は、そこから先の進化をストップさせるものだ。 もしこの規制を取っ払ったら、さぞ創造的なサバニに進化していったと思う。 そしてそれは更なる文化の広がりを沖縄にもたらしてくれる。

どの時代の海人も、例外なくその時代に手に入れることができた最も優れた素材を選択したように、命がかかる実践の海にノスタルジックな甘えは入り込む要素は無く、あえて機能の劣るものを使用するはずはない。現代のそれは、伴送船や大会という甘えに支えられている。と、私は思う。

話は大きくそれてしまった。
 





前日まで吹いていた風が治まり、漕ぎ勝負の様相を呈してきた。 
昨年の実績から、多くのチームは私たちが有利と予想するだろうが、必ずしもそう単純な話ではない。

昨年は強い向かい風と向かい潮、今年は風が弱い。
漕ぎ勝負になることには変わりはないが、同じではなく、むしろ似て非なるものだ。向かい風、向かい潮は、大きい舟大きいマストほどその抵抗を受ける。 だが風が弱いとなると、押し戻す力が無い分、大きさはハンディとはならない。 
だから風が弱い=小さいサバニが有利と単純な構図にはならない。 
(サバニを仕事の道具として使用していた時代は、ある条件下では大きなポテンシャルを発揮するより、トータルバランスが優れていることが重要だったのだと思う。 むしろ厳しい条件にこそ高いポテンシャルが要求されただろう。 実際は今ほど大きいマストや帆を使用していなかったのも、余裕のある強度や大きさの他に、こうした理由があったのではなかろうか?)


レース2日程前に集まった女海想とスピードを比較しても、どの条件下でも全く歯が立たなかった。
この状態で、昨年どうして勝てたのだろうと思うぐらいに。






今年新たな装備の変更は、帆とマストを10%程アップした。 
6メートルのサバニに、この大きさが限界に近い。高さ3.7m 幅1.8m(昨年は高さ3.4m/幅1.6m) 
沈のリスクは上がっても、早く走るために準備できるとしたら、その他の案は浮かばない。 
6メートルサバニの、これが限界なのだろうか? 

唯一の救いは、昨年も練習では女海想に敵わなかった。 だが、いざスタートして見ると、いつの間にか抜いていた。 実際のレースは、直線とはいえ目には見えづらい複合的な条件が重なる。 

とりあえず、レース中考えうる全ての策を労して女海想に食らいつきたい。 女海想は現時点でもトップを狙える位置にいる。 昨年と同じように、もし食らいつくことができたら、結果として自然と上位を狙える。 ハードルが高い分、やりがいもあり負けて当然と思えばプレッシャーもない。

天候や潮など海峡によって条件は刻々と変わる。その状況をどう読み取り戦略を練るか? 
想像では計画しえない状況に応じた、現場でしか判断できないことが必ず起こる。
目には見えにくいが、こうした決断はレースに大きく影響してくる。自信がある訳ではないが、そこに一縷(いちる)の望みを託す。  

これまでにはなかった、いい緊張感と精神状態で挑める。 




レース当日、実行委員会からコース変更もあり得る説明を受けていたが、予定どおり那覇まで行く決定がされた。 安全を優先する実行委員会としては、なかなか難しい判断だったろうが英断だったと思う。


昨日まで吹いていた風がガクンと落ちた。
帆を大きくしたから、沈のリスクが上がっても、この海峡をガンガンに走ってみたい願いはお預けとなった。

那覇まで徹頭徹尾漕ぎ勝負の様相を呈してきた。 私たちは、漕ぎでは比較的早い方だと思われるが、それにしても条件は厳しい。 クルーは4人、交代無し。
私は帆と舵取りをしなければならないので、フルで漕げる人数はたった3人。波が上がれば沈のリスクが上がり一人降ろさなければならない。そうなると、この海峡を2人の漕ぎで渡らなければならない。

波が上がる。ということは風が上がる。ということだから、スピードだけを見れば大きな違いは無いのだろうが、他のチームはクルーを減らす必要が無い分、風が上がれば全体としてタイムは上がる。 いずれにしても我がチームの置かれた環境は厳しい。 

隣は、ここ暫く連覇を果たしている、ざまみ丸。実績がそう感じさせているのか静かな闘志が漲る。如何にも強そうなのである。もし優勝を狙うなら、この大きな山を越えなければならない。

風が落ちている今年、勝てる可能性は低いが0ではない。 ライバルでもあるが、もしざまみ丸というチームがいなかったらと思うと、それはそれで寂しかったろうと思う。
まずここが視界の中にある内にゴールしたい。






スタートのホーンが鳴った。 

隣の2艇は一気に抜けていく。単舟は多少乗り込むのに時間がかかる。
乗り込んだ。と同時に帆を降ろすか悩む。帆は漕ぎによってリズミカルに揺れるが、僅かな北の風で帆がはらむ。このまま上げたままで行く。漕ぎながら他の艇と自分のスピードを図る。

皆、初めからものすごい勢いで漕いでいる。私たちはここから先、交代が許されない。
今からマックスで漕いだら、この先とてもじゃないがもたない。スタートはどうしても舟が交差して、思うようなコースにはいかない。数分の間、何艇かコズキ合いながら進む。 どのチームもスタートの興奮から漕ぎの回転が速くなる。バラけてきた時点で、「急がないで!ロング!ロング!」叫び、ペースを落とす。

初めのコーナーに最初に辿り着いたのは源丸チームだった。 私はこの先を思って、漕ぎを抑え気味にしたので、無理をすれば追い付ける。が、慌てる必要はない。

風は北寄りだったので、灯台の島影を超えたら多少の風が期待できるのではないか?との理由から最短のコースを取ったが、このコースは源丸チームも同じ戦略だったようだ。
(潮は僅かな追い潮なので潮を利用しようと思えば多少大回りして外のコースをとる戦略もある。 
当日は、どちらのコースを取ろうが、その違いに差は無かったのではなかろうか?) 

灯台を過ぎると、俄然源丸チームのスピードが上がった。 ギアを一段上げたのだろうか? それとも帆に差が出たものだろうか? いずれにしても、このまま引き離されれば、追い付く気力も失せてしまう。 「追い付くぞう!」そう叫んで、少し抑え気味に回転を上げた。 


源丸チームは、次のコーナーであるギシップ島の岩に真っすぐに進んでいる。
私は、潮を期待してコーナーに差し掛かるギリギリまで中間地点を走る。潮に助けられたのか漕ぎの回転によるものなのか、コーナーに回る頃は、ほぼ並んだ。 ここからは大きく離されない限り視界に消えることはない。多少離されようが慌てる必要はない。またペースを戻す。







2月に痛めた腰が未だに完治していなくて、どこで悲鳴をあげるのかヒヤヒヤしながらの参加だった。本来なら、舵取りにエークをさす合間に漕ぎもプラスしたいのだが、スタートからそう無理はできない。 

視界には源丸しか見えない。 
何艇か後ろに付いているのは何となく分かるが、後ろを見る余裕がない。 波は無くとも、多少重量オーバーぎみのため常に沈のリスクを抱えているからだ。 

源丸とは黒島と前島の中間地点まで来ても殆ど同じ位置にいる。 大きく回り込んだ右の視界に、ざまみ丸が見えた。 
上げの潮を利用しようという戦略だろうが、今日は小潮、影響はあるのだろうか? そう思いながら見ていたら、風下にも関わらずぐんぐん距離をつめて前島を交わす頃は、早くも一人旅状態となっていた。
潮を利用した。という考え方もあるが、やはり風が上がったせいだろう。
それにしても、ちょっと風が上がっただけで、これほどまでにスピードに違いがあるのかと驚いてしまう。 ということは、隣にいる源丸と共に後ろから来るチームにも抜かれる可能性が出てきた。





前島を過ぎると風は追い風となった。 エークによるラダーの操船は単舟にとって不利になる。 
前を走る源丸が右に左に振れている。追い風に真っすぐ進もうと思えば大きい舟ほど操船は難しくなる。 その点、小さい舟の操舟は波に振られようが一人で対処出来る。 
腰の状態はこの長丁場にも関わらず奇跡的に持ちこたえてくれている。 腰の具合を伺いながら、少し漕いで源丸に並んだ。 

「なかなか離れませんねー」源丸から声がかかった。
「ざまみ丸に追い付くぞー!」クルーの一人が返す。 
この一言で、駆け引きをするマラソンのようにゴールまで力を温存している訳ではないことが分かった。

ここからジグザグ走行を止め、ゴールまで真っすぐに向かうことにした。こまめにエークを差さなければならなく腰の負担もかかるが、後一時間何とか持ちこたえてくれと願いながらゴールまで真っすぐに向かう。 

相手は追い越した時点で着いてこられるだろうか? 
もし着いて来られないなら、ここからなら引き離せるかも知れない。 

風が上がったことで他の艇も気になる。
舟のブレを最小限にすべく右に左にスピードを殺さないため、こまめにエークを出す。

視界から源丸が消えた。が、源丸の伴走船からの声が近くに聞こえる。 後ろを確認したいができない。 ゴムボートからの情報を頼りにする。 徐々に離しているようだった。
源丸はタイミングを図っていた訳ではないようだ。この長丁場にも関わらず、お互いが駆け引きをしていた訳ではなくピタリとスピードが合っていたのだった。

チービシを超えた辺りで、ゴムボートからの情報で女海想がグングン近づいて来ているようだ。 
この条件の中で、むしろ来ていない方が不思議に思っていたので、やっと来たか。そんな思いで聞いていた。


                            








レースを終えて


それにしても、ざまみ丸のスピードは次元を超えている。 

いつの年も課題が見えてくるものだが、今年に限っては思いつかない。私たちにとっては、今年の海況は、これ以上無いほどの好条件だった。にも拘わらず、その差は歴然としていた。

6メートルサバニの、これが限界なのだろうか?
もしこれ以上風が上がったら、縮帆するか、クルー一人降ろすか、沈をするか、だろう。 
腰が癒え、鍛え、腕を上げたぐらいで、この差は埋められるのだろうか?

だが、まだ大きいサバニに乗りたい。とは思わない。あの小回りの良さは、乗っていて小気味がいい。小さな舟ほどその挙動が体に直に伝わるし、面白さもダイレクトに伝わる。 たとえ大波の中で沈しても、もう一度このサバニで出てみたい。
 
その後、南城レース 糸満レースに私は参加しなかった。 この二つのレースを決して軽視している訳ではなく、私自身の腰の具合が悪く、出たいのは山々なのだが、如何ともしがたいのです。



海想  森洋治





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