2014年6月21日 
プレレース マリリンカップ





 私は10年以上参加し続けていた座間味レースに昨年だけは出場しなかった。 
この年、友人が思いがけない事故で突然亡くなった。(今も行方不明だ)

レース参加に当たって、全ては準備にある。と私は思っている。 
その準備に気が乗らなければ参加の意味がない。そんな訳で昨年の参加は取りやめた。

今年は私を加えた4艇(海想、女海想、やんばる、サバニトリップ)で参加すべく準備する。 
が、名護でのイベントや航海の準備が重なり、なかなか思うような準備ができなかった。

特に単舟の練習は海に出ればいいというものではない。 
舵取りのスキルを磨くためには、風と波が上がり、加えてそのタイミングで正規のクルーが揃う必要がある。
そんな日は貴重な時間を惜しむかのように海にでるが、今度は体がついていけない。

帆に強い風を受け止めるティンナーが手に食い込み、伸ばしては引きの繰り返しは私の軟な手の皮膚を豆だらけにして直ぐに剥ける。 
赤く滲んだ皮膚に潮に洗われてジンジンと痛む。握力と腕の筋肉は2時間で限界を超える。

10mを超える風は恐らく大会は行われないだろう。
それでもこの位の風でも涼しい顔で走れなければレースに参加する資格がない。 

隣を走るウインドサーフィンのように崩れ波をジャンプして、更には波の天辺でジャイブしてそのまま滑空できるようにならなければならない。

道は険しなのである。
 
殆どの場合、やんばるチームや女海想、人数が揃えばトリップも一緒に練習するが、風が上がり波が上がる日だけは私も練習に加えて貰う。


  



  




 名護湾は比較的どの風が吹いても練習できるが、波が立つのは南混じりの風に限られる。
特に冬は風が回る僅かな時間しかこの波を利用できない。 
(名護湾の南、喜瀬方面は北でもいい波が入ってくる)

別な言い方をすれば、冬とても練習できそうもない強い北が吹いても、唯一名護湾だけは練習できる。

夏は安定した南が吹くので、沖縄県内で帆かけサバニを練習する場所としては最も条件が揃っている場所と言っていい。 
近年の名護を中心としたチームの好成績は、名護湾という環境に支えられている。と言って差し支えないと思う。


6月16日
航海とレースのためのサバニ合わせて5隻、全ての準備を終えた。 
この先私がやることは何もない。考え得ることは可能な限りやった。

後はただただ流れに任せて時を刻んでいけばいい。
当初の計画では、名護から練習がてら座間味まで帆漕するつもりでいたが、天候が安定しないために搬送することにした。

加えて田舎に行っている間に悪い菌を貰ったようで風邪をひいてしまった。
17日に座間味に渡る予定が、天候悪化と風邪の悪化のダブルパンチで断念。
この日より更に悪化して結局3日間激しい咳に苦しめられ寝込んでしまった。 

金曜日座間味入り、咳は少し治まり何とか動けるまでに回復、座間味の高速船に乗ると見覚えにある面々、マスクをして小さくしている私を見つけ、「またまた小芝居を、だまされませんよ。」想像していた通りのリアクションに切り替えす元気もないまま、ただただ養生して体の回復を待つばかりだ。








6月21日

 咳は何とか治まり、マリリンカップに出場することに。
風もいい感じに吹いているので、それぞれの場面のポテンシャルを図る上で最もいい条件が揃っている。  

あるチームは出場機会がないクルーにレースを味わわせる機会を与えたり、まだ那覇までのスキルがないチームはマリリンカップをその主戦場にしたりといろいろだが、私にとっては体ならしと他のチームとの差を図り自らのポテンシャルを実践で図ることで翌日の戦略が立てやすくなる。 
ベストメンバーを揃え、全ての風を帆に伝えるまたとない機会と捉えた。

スタート地点は嘉比島までの距離はあるが、風を拾える沖に向かって左側のコースにした。
戦略上どちらも大きな差はないだろう。
この場合、どちらのコースが正しい。ということはないと思う。
そのチームの持っている特性でどちらのコースにするかが決まるからだ。 
当然、左のコースを取ったチームは帆を上げたまま走ることになるだろう。 


スタートのホーンが鳴って暫くは抜きつ抜かれつの面白い展開になった。 
嘉比島と安慶名敷島の間から吹く風を拾ってなるべく帆走を中心に、嘉比島の壁に遮られてからはなるべくコーナーに向けて漕ぎで上る。
初めに描いていたような展開になった。

隣に競った舟がいないのを確かめて帆を下す。 嘉比島まではこのまま進む。
後ろを向くとやはり帆を下しているのが見えた。 
この時点で帆を下さないでそのまま進む。という選択はあるか。 

帆の上げ下げは漕ぎがその間一人分疎かになる。
それに伴い他のクルーも十分な漕ぎができずに影響してくる。

風が弱い時はこのロス分のメリットが無ければならない。 
私がここで下す。と選択したのは幾つかの理由がある。

・上げ下ろしはこのコース間で試すと決めていた。 
一番エークを握っていたのは女性の岩田、私を含めて後の4人は男。
帆の操作に慣れた男性クルーだと若干前荷重だったため、重心を後ろに持ってくる必要から体重の軽い順にすると彼女ということになる。
ところが帆の上げ下げの経験が浅い。 マリリンカップが、その最もいい練習機会と捉えた。

・嘉比島に近づくにつれ、島を回り込んだ風が本来の向きではなく向かい風となる。 
喧しい岬回りの三角波を乗り越えた先にも大きく聳える岩が乱流を起こし、帆に伝えるのは恐らく難しいだろう。
岩を回り込み嘉比島との間に流れる安定した風を確認し、少し舟を風に立てて帆を上げた。 

ここから先は何も考えずにゴールに向かう。 

後ろからやんばるチームが弥帆を上げて迫って来ていた。
あの二本備えた帆には逆立ちしても適わない。
自作の帆に追い越される気分は悪いものではない。 
行け、行けーと励ましたくもなる。

実はこのとき私は安慶名敷島の外側を通るコースだと勘違いしていた。
やんばるチームは私の下側から真っ直ぐに古座間味ビーチにコース取っている。
「アレアレ、どっちだった?」といっても誰も分からない。 



  


昨年ボートで追っかけてはいたが、サバニでこのコースに参加したのは初めてだった。

後ろを向いてもまだコースを取るところまでは来ていなかった。
そして直ぐにやんばるチームが正しい事に気付いた。

昨年、安慶名敷島にパラソルを掲げて応援してくれた人たちを思い出した。
それまでどっちつかずのコースを取っていたのをきっちりと古座間味に向けた。

島に寄った分、少し風が緩んだ。 
観光客にもレースの醍醐味を味わって欲しくて可能な限り島に近づき、真っ白なビーチをかすめるように抜ける。

安慶名敷島を超えた辺りから源丸が視界に入ってきた。 
重く大きいサバニと言えども、追い風はハンディーとはならない。 
リスクを避けて少し逃がし気味の帆に風を入れた。
これでグングン追いつかれ引き離されようとしていたのが取りあえず避けられた。
それでも源丸はグングン風上に上り、私たちにとって条件は更に不利になっていた。

更に西村さん率いる「かぎろひ」が横にピタリと並ばれた。
「早いねー」と声をかけた。西村さんは余裕の表情だった。 
帆走に関してはプロ中のプロだからさすが、というしかないが関心している場合ではない。 
とにかく精一杯やれるだけのことをしよう。


沈を覚悟で更にティンナーに力を込めた。
風上に持っていかれて、エークを持つ右とティンナーを引く左の腕はこの風だと限界に近い。 

左手にティンナーを二重に巻き付け両手でエークを握る。
こうすると左だけでの舵取りとは違いずいぶん楽になりスピードもグンと上がるが、ティンナーの微調整が疎かになるため翻弄された波に対処できない時がある。
そのリスクは、クルーの体重バランスに頼ることになる。 

皆に「風 入れるよ! バランス!」「バランス!」 
大きな声で二度叫び、賭けにでた。 

暫くして西村さん艇が視界から消えた。 
それでも源丸とは引きはされなくとも追い越すまでは行かない。 

座間味島と安室島の浅いイノーを超える時、浅瀬を避けて僅かに膨らんだ源丸の間を突き抜けることにした。

クルーの「浅いよー」の声に、「大丈夫!行ける!」
白いビーチの上は仮に底が着いたところで大したことはない。 

ちょうどイノーを超えたところで追い風を受けた源丸が目の前でコースを外れ左に大きく振れた。 

クルーの一人が「チャンス!」と叫んだ。 

後ろに付けていた私たちは結果として源丸の風を遮り風に乗った。 立て直すほんの一瞬の間で、約一艇身程離すことに成功した。 
だが、ビーチに立てかけたゴールの旗はまだ安心できる距離ではなかった。 

まだまだ源丸は諦めている訳ではなかった。源丸のリズミカルな気迫溢れる声が聞こえる。 
この時、真後ろに回り込み風を遮るだろうことを警戒して右側に寄りながら舵を切るが源丸はゴールに真っ直ぐに向かっている。 

ビーチに近づくにつれ、少し風も落ち互いの条件は同じになった。 
追い越される心配もなくなった時点でゴールに真っ直ぐに向かった。



本レースへ続く・・・

(コース写真:サバニ帆漕レースHPより)





2014年6月22日
本レース






 レース前日、艇長会議でコース変更の可能性に触れた。
多くのチームは那覇まで行きたいのだろうが、この風では致し方ないだろうなー。

宿に帰り、コース変更の可能性と那覇までコースの要点をおさらい。

那覇までは例年に比べてコースの取り方に特別なことはないように思う。
潮は南への流れだが、強い南寄りの風が相殺して余りあるから全く気にする必要はない。
いい風が吹いていれば他の要因は無視して行きたい方向に真っ直ぐに向かえばいい。

注意する点は、初めの灯台下のコーナーでジシップに真っ直ぐに向かうと早い段階で追っ手になる。
単船の場合、強い風と波が重なると追っ手は最も難易度が高くなりリスクを負うことになる。

追い波に影響しない左寄りのコースを取り、儀志布島にしっかり舵を切れる時にグィーンとコースをとる。 
このコース取りは最もスピードに乗るやり方というより、よりリスクを減らすやり方だ。

儀志布島を超えると後はコースの戦略は殆どないのではなかろうか。 
風が無ければ潮や風向、吹く場所などいろいろな選択があり楽しめるが、そんな戦略など全てを吹き飛ばすほど風は真っ直ぐにゴールに向けてサバニを運んでくれる。



6月22日  レース当日


  



 実行委員会は変更か否か、スタート直前までずいぶんと悩んだようだ。 
結果、島内放送でコースの変更が知らされた。 
朝、雲の流れを見てコース変更を疑いないものと思っていたので、実行委員会が悩んでいたことに少し驚いた。 

仮に那覇までのコースだったとしても、きっと多くのチームは完走できていただろう。 
もちろん私自身、名護ではこれ以上の風を何度の経験してきた。 
女海想も苦労しながらもいい経験ができただろう。 

本心では渡ってみたい気持ちがあったが、前日古座間味ビーチに回航するだけで沈したり、練習で幾つものチームが沈をして復活できないでいるのを見ると、こんな波の穏やかな環境でこうなのだから実際のコースでは複数のチームは恐らくドロップアウトするだろう。

このことを実行委員会はどう見るか?だと思うが、複数のチームは伴走船に世話になるだろう。
と予想される時は、今はまだコースの変更は致し方ないと思う。

伴走船はルール上付けているだけで最後の最後の手段であり、絶対に世話にならない。 
参加チームにはそんな気構えが必要なのだと思う。 

またそれぞれが自らのチームの正確なポテンシャルを知り、海況を判断し、伴走船に世話になる可能性があるなら自ら出場を辞退する。 
そこまで成熟した時、実行委員会はこうした条件下でも迷いなく那覇までの選択をするだろう。
だが、残念ながらまだそこまで成熟しているとは思えない。 


コースの変更により、早速舟の装備変更しなければならない。 
それはアウトリガーが付いたサバニに限ったことではない。


  


  


  



 帆走の8割を占める安室島~嘉比島までのコースに有利なセッティングをする。
スタートの位置は北側から昨年の成績順となっている。
私は昨年出場していないので南側からのスタート。コース変更にはこちらの方が有利だろう。

前回のコース変更時、安室島の東端に直接向かうのではなくビーチの前にワンクッション、コーナーが設けられた。 
この年にも書いたように、この判断はとても理解できるものではなかった。 
なぜなら、どのチームもスタート時の混乱で必ず数艇はトラブルを起こしている。 
近い位置にすべての舟が集中するコーナーはトラブルを助長するだけだ。

更に前年成績が振るわなかった南側に位置したチームは、一旦下らなくてもいい下に下ってから風上に上らなければならない。 
前年の早いチームがむしろ不利なコースであっていいと思う。
何も手を加えないルール通りのコースが最もフェアーなのではなかろうか。

こうした理由から、前日の艇長会議で前回のようなコーナーは設けるべきではない。と主張し、
実行委員会からは設置の予定はない!と確認したにも関わらず、当日なぜか設置の検討がなされていた。 

たまたまそこに居合わせたので「それは絶対にやってはならない!」と上記の理由を説明して受け入れて頂いた。 
1チームのスキッパーに過ぎない意見を受け入れて頂いた実行委員会の懐の深さと、単に自らのチームの有利不利に主張しているのではない。
そのことを伝えるために敢えてこの場を借りでお伝えしたいと思う。


さて本題に戻る。
 
今回のコース変更は那覇までのコースより戦略の幅が広がりいろいろな戦略が考えられる。
という点で、私はむしろこちらのコースが好きだ。
だからと言って得意でも有利に働くという訳でもない。 

それぞれのチームは、それぞれに綿密な戦略を練っているのだろう。 
特に座間味を拠点に置くチームにとっては生活の場であり仕事場だから、細かな潮の流れや風の強弱は手に取るように分かっている筈だ。

願わくは、もう少し風が弱まれば戦略が多様化し結果に大きく響いてくるのだが。





コース




 我々は名護から4チーム参加している。前日のミーティングで戦略は同じだった。

まずスタートで帆を上げたまま走るか?下して走るか? 
南西の風は僅かに帆に伝えられる向きなので多くのチームは帆を上げていた。 

ずいぶん迷った挙句、上げずに向かうことにした。 
砂浜で向かうべき方向にサバニを向け、帆を上げたら殆ど角度が無かったからだ。


  


 古座間味の南端の壁を伝って風が回って本来の角度から南に寄っている。 
恐らく出て直ぐに壁が取り払われると本来の角度に戻って帆に風を伝えられるようになるだろう。
だが、私は更に安室島によって風が影響しないところまで行き、漕ぎでコーナーまで進むつもりでいた。

座間味島と安室島の間からはいい風を拾い、安室島を超えてからも回り込んだ風はしばらくはサバニを押し上げてくれるだろうが、帆を上げることで僅かに北に膨らみ、中間地点からは安室島の山から回り込んだ風に帆を利用するのは難しくなるのではないか。
それを警戒して10度程上ったら帆に風を伝えられない。なら、初めから向かうべきコースにリスクなしで刻んだ方がいい。


  


計画通りに行かないのが世に常で、スタートしてすぐ隣にピタリと海族サブローチームがいた。
しっかりと帆に風を捉えているのを見てやっぱり上げとけば良かった。と思った。 
とりあえず交わして本来のコースに戻そうとするが互いの距離は一向に変わらない。

一瞬スピードを緩めてから上に上るか過ったが、スピードを落とさず交わせるものなら交わしたい。 
たまに私も漕ぎをプラスするが、何とも行きたいコースに戻すことができない。

私の戦略は安室島に向けて早ければ早いほどその目的は達成される。
逆に言えばこのままの角度は逆効果ということになる。 

少しイラついて「あっち行きたいんだよ!」と相手に叫んだら、
「まぁーまぁー落ち着いてゆっくりいきましょう。」 何と余裕なコメント。
こんな場面であれほど落ち着いていられるのはそもそも人の器の違いなのだろう。 
うーん、確かに! 妙に納得して解決策を練った。


  


安室島の中間地点まではまだ時間はある。あそこまではまだ何とか風を拾える。 
すぐに帆を上げることにした。

スピードは出ないが、僅かに帆に風を伝えながらドンドン上った。 
安室島の最も高い山の中間地点で風がピタリととまり、すぐ前に回り込んだであろう風が海をなめていた。
帆を下ろし暫くは向かい風の中をガッツリ漕ぎ続けなければならない。 

「こっからが勝負だよー がんばれー !」 
「よっしゃー行くぞー」 まだまだ元気だ。





右に大きく広がったチームが何艇か見えた。
スピードも距離も確かに向こうの方が遥かに勝っている。 
だが要は風を十分に使える最後のコーナーに誰が最初に辿り付けるか。
最終的にはそこだと思っている。
(帰りのフェリーの中で、あるチームの一人が最初はガンガン走ってウチがトップだったよ。と言っていたが多分それは違うと思う。) 

最初のコーナーは波も思った程上がっていなかったので、様子を見ながらギリギリのコースを取る。
コーナーを回ったところで後ろを見たら何艇かはピタリと後ろに付けていた。
うかうかしていられない、全く離していないことに気づいた。

向かうべき角度が変わり、向かうべき方向と風と波が若干ずれていた。
こんな時の私が取るコースは、目標に向かわずに最も抵抗を少なくするために風と波に対して真っ直ぐに向かう。  

特に強い向かい風の時は効果的な方法だと思う。 
想像だが、もしシーカヤックなら同じような進み方をして時に向きを徐々に変えていく方法を取るのではないだろうか。

だが、帆かけサバニは大きい分風の影響を受けやすい。
僅かな角度でも思いがけなく風の影響を受ける。
「上って 上って」 「エッ まだ? 上るの?」 というところまで上る。
帆を上げ向きを変えて、スピードに乗るまでは実際思いがけなく下る可能性があるからだ。 

後ろに付けていたチームに聞いたら、どうしてあそこまで上っているのか最初は不思議だった。と教えてくれた。
「で? 上る必要はなかった?」と聞いたら上らずに失敗した、と。だいぶロスしたようだ。

私自身、あと2分上れば良かったと思っている。 
こんな時こそ、「急がば回れ」とうことなのだろう。

帆を上げながら後ろを見た。 
今度はある程度を離しているようだった。

風が安定している右側、安慶名敷島南端に向けて真っ直ぐに進む。 
風を入れてスピードを上げようとするが、強い風に腕力と腕が悲鳴を上げている。

那覇に向かうことを想定して左差しを重点的に鍛えていたのが裏目に出た。
しばらく頑張っていたがこの強風では片手使いは限界に近い。 
左手に二重にテンナーを巻き、両手でエークを持った。
このやり方は左差しだとしっくりくるのだが、右差しはどうも苦手だった。 
やっぱり徹底的に苦手を克服しておくべきだった。

コース変更になっても短い時間なら何とかなるだろう。とタカをくくっていた。
全ては弱いところを突いてくるものだ。 

この強風でカムクリートに指したことは無かったが、舟の揺れが安定している今、試して見ることにした。 
もし成功したら両手でエークが握れるので今よりは帆に風を入れられる。

「 カムにさすよーバランス 」 と叫び、少し風を逃がし徐々に引いてみた。 
だが安定していたとはいえ、この風と波だ、固定したティンナーによって舟は左右に揺れる。 揺れに対応できなければ沈のリスクが高まる。

沈のリスクを負ってスピードを上げるか? 
それともスピードは落ちるが少し風を逃がしながら片手で出来る範囲で進むか? 
二者択一しかない。

悩みながらもカムにかける二度目のチャレンジをした。
ティンナーを引き帆に風を入れると同時に右に大きく傾く。
全員左に全体重を乗せ、めいっぱいエークで進路を保つ。

波に乗ったときは、それは気持ちいいほどスピードに乗る。 
安慶名敷島近くになると追い波となり波に乗ると右に振れようとする。 

全員が左を漕いでいるので最悪の場合、一瞬で沈する。 
エークを戻し「ストップ!」と叫ぶ。 
そんなリスクを二度三度繰り返しているうちにカムが何かの拍子で「カクン」と小さな音を立てて外れた。 

全員思いっきり右に全体重を寄せ、私はとにかくティンナーを引き寄せた。
殆ど真横になった状態から体重で立て直すことができた。 
立て直すことができたのは奇跡に近い。 きっとスピードに乗っていたからだろう。 
何とか沈を免れこれよりカムにかけることをやめた。

(ざまみ丸の艇長から後で聞いたが、前を走る私たちのマストが突然真横になって沈したのが見えた。そしたらまたひょこり復活してびっくりした。そうだ。)





嘉比島に差し掛かる頃、右後方から迫ってくる音が聞こえた。 
ユニフォームがブルーだったので、どこのチームなのか分からなかったが横に並んだ時にざまみ丸と知った。
ずいぶん離しているつもりだったが、こんなところまで来ているとは何とシブトイ奴らだ。

「岩を超えて同じだったらこっちが勝つぞ! それまでがんばれ!」
少し逃がし気味だったティンナーをもう一度引き、老体に鞭を打つ。 
嘉比島北端の岩まで来ると阿嘉島の壁に遮られていた風がここぞとばかりに吹いていた。

ジャイブするか迷い、少し風を入れたらビューンとスピードが増し、クルーの一人が「ヒャッホー 」と叫んでいた。
二重に巻いていた手が締め付けられ、この後更に引き来なければならないことに躊躇した。

一発勝負、失敗は許されない。
何度か経験はあり確率的には何とかクリアーできたかも知れないが、ここでリスクを負うより安全策を取った。 

風上に立て帆を下ろし岩を超えて帆を上げる。
ところが簡単に上がる筈の帆がなかなか上がらない。

「早くあげて! 早く!」
状況はミナーを持つ岩田もよく分かっているが、上がらないのは如何とも仕方がない。

帆が上がらずにもたもたしているうちに、ざまみ丸は悠々とゴールに向けて凱旋。
そのうちに、うみまるが横をスーッと通り抜けていった。

次にやんばるチームが向かっているのが見えた。 
何とか帆を上げることに成功してうみまるを追っていたら、突然目の前でひっくり返った。 
あっけにとられながらも何だかうみまるらしいなー。 

並んだやんばるチームは、弥帆の威力を加えドンドンスピードを上げていった。
ゴール近くのマリリン像の近くには多くのギャラリーがいたのでなるべく近くを走った。




  


  



終わり


レースを終えて

今年もざまみ丸に負けてしまった。 
勝つチャンスは無かったのだろうか? 

コース変更は十分に勝つチャンスはあったと思う。 

・安室島から帆を上げた時からリスクを追って走るべきだった。

・嘉比島の岩で一か八かジャイブにチャレンジすれば良かった。
こんな時もあろうかと名護では更にハードなコンデションで何度も練習していた筈だ。 
一段縮帆をしていたのだから大きなハードルではなかった筈だ。

ざまみ丸はここからはアウトリガーを引きずることになるのでこちらが僅かに有利に働いた筈だ。

残念だが今年も完敗だ。


私はアウトリガーを付けていないことで負けたことを慰めるつもりはない。
どんな装備だろうが自ら選んだ装備で3番目にゴールしたことに変わりはない。 

ざまみ丸はもう何度目かの連続優勝か分らなくなるほど実績を積み上げている。 
恐らくこの記録を超えるチームは今後も現れないだろう。

私は単舟に切り替えたのは、何度も言うようにアウトリガーを肯定するためだ。 
アウトリガーは安全に海を渡る優れた装備の一つだと声を大にして言いたい。 

格好や見栄や文化や、大海の中で小さな命の灯が如何に頼りなく、か細いものか。
死を意識した時に誰もが感じるのではないだろうか。
 
実践の海は死なないことが全てに優先される。
私にとってのレースは実践の海へ繋がっているし、仮にレースだけの参加だけだとしても
その精神を保ち続けることが大切なことだと思う。

今年アウトリガー無しで参加するチームが増えた。
伴走船を付けることで多少のスキルが劣ってもチャレンジすることをもちろん否定するものではないし、立派な一つの考え方だと思う。 

一方、単舟のスキルを身に付けるには途方もない時間を要する。 
そのことを理解した上で、自己完結できる最も安全な方法で誇りを持ってアウトリガーを
装備しているチームは、私は心から本当の意味でカッコいいと思う。


ざまみ丸 おめでとう。





    











チーム 海想




チーム 女海想



チーム やんばる



チーム サバニトリップ






Text by 森 洋治




今年もたくさんのご声援、ご協賛、ご協力をありがとうございました。
クルー一同



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海想
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