2007年サバニ旅 
-沖縄本島東シナ海編-


2005年、2006年と続いた奄美へのサバニ旅、
今年は沖縄本島西側に連なる島々を巡ることにした。 



 

 
コースは、那覇−渡嘉敷島−渡名喜島−久米島−粟国島−伊江島−伊是名島−伊平屋島・・・
余裕があれば、次の島に進もう。

最大2週間の日程は、天候さえ安定してくれたら何処にでも行けそうだ。




     
     
メンバーは昨年、一昨年と奄美まで一緒だった伊東画伯、海想から森に福原、レースでもクルーのアキラ、ホクレアのクルーでもあった荒木タクジ君とエリックの6名。
多少重量オーバーかと思われるが、その分風の方向が悪ければ漕ぎでもこの人数だと大概の状況は問題ないだろう。
実は今回のメンバーで前日一人どうしても参加できなくなり、4人で出発するところだった。
そうなると向かい風もあり、心もとない。そこで急遽、荒木とその友人であるエリックを呼んだ。
1日だけの参加だったが結果として随分助かった。いろいろ試すことは今回の旅の目的でもある。




 

6月28日 午前8時40分 那覇マリーナを出発
4日前(6月24日)座間味−那覇へサバニレースが行われたコースを今日は反対の西に走る。
レースと違って旅であるから急ぐこともない、風まかせの旅である。



 

風は南から少し西に向いてきた。前島の北を抜けたら若干向かい風になるため、
帆だけでは抜けられないだろう。この辺は午後になると潮も南から北に向けて出てくる。
今日は前島でキャンプか、それとも予定していたとおり渡嘉敷島北のギシップ島まで気合で渡るか。


那覇から約20qの前島北を越えると風は海峡を超え、ますます勢いを増している。
少しほんの少しだけ南に向いてくれたらと願う。

前方に黒島が見え、左には微かにリーフを知らせる立標が見える。
立標を目指し黒島と立標の間を抜けられたら目指すギシップに何とかたどり着けるだろう。 

少し走ってみて前島北と黒島との延長線より僅かでも上っていたら渡ろう。  

引き返すことを前提に後ろの前島北端の位置を慎重に確認しながら、しばらく半信半疑で立標に向かう。

可能な限り、上れるだけ上ってみよう。


思いのほか上っている。この分だとギリギリで行けそうだ。

手前の潮がどの程度入っているか。ここからは躊躇なく向かう。 

ギシップ島手前で多少潮に捕まったが、何とか無事たどり着いた。
1時間半の漕ぎだったが、今思えばここが今年の旅で最も難しい選択だったように思う。 

これからの旅が「そう簡単ではないのだよ」と、戒めを受けているような気がした。


ギシップ島午後3時到着。

サバニレース参加の前に練習がてら那覇から帆漕して来てから1週間ぶりだ。
この時期、南から南西の風は向かいの渡嘉敷島の高い山に阻まれ、波も無く穏やかな入り江になる。
自然のビーチに、おあつらえ向きの芝生とアダンがいい具合に生い茂っている
たまに野生のヤギが覗きに来るお気に入りの場所だ。





2日目 6月29日 
南西の風 6メートル 

渡名喜島に向けて走る。 
ここからだと渡名喜島は西北西の位置にある。
風もいい具合に吹いているから汗をかかず、帆だけで行けるだろう。 

座間味島の北にそびる男岩を抜け、時折強く吹く風を捕まえ遠くに霞む渡名喜島に進路をとる。 
しばらくすると座間味島の山に阻まれていた風も開放されて快調に進んでいく。

真横からの風、波のため、たまにアウトリガーやサバニの舷側側から崩れ落ちる波が力なく入ってくるが、睡魔と闘うのにちょうどいいアクセントになっている。 

 



 


渡名喜島の南東に向けたオモノ崎が徐々に姿を現すと、そのダイナミックさに圧倒される。 
朝日に照らされた赤岩は木の年輪のように幾重にも折り重なってうねっている。 
ある時期どんな地殻変動によって起こったのかと想像を掻き立てられる。 
時を人間の年月などの尺度ではなく地球という尺度に変える迫力をもって、静かにそしてどっしりとそこにあった。

崎と名の付く所は潮がぶつかり合い波立つところが多い。
本来なら遠回りしなければならないところだが、潮止まりなのか意外と波立っていなので用心しながら、それでもこの迫力を間近で見たくてギリギリまで近づいた。 

岬を越えると、風はうそのように治まり、それに伴って湖のような静かなイノーが広がっている。
ダイナミックな赤岩の壁面とは対照的に一面なだらかな山々の緑が目に飛び込んでくる。 




渡名喜島には結局2泊の滞在した。
ちょうど島をあげて海の運動会が催され、私たちもビーチクリーンに参加した。

出来ればここから約35km先の久米島に向かう予定だが、どうも風の向きが悪い。
さらにはここでタクジとエリックは下船する。2人減って4人になっては漕ぎで向かうには、この距離は長すぎる。明日は一つ跳び越して粟国島に向かうことにした。


   
     



初日から参加の予定だった友利が、明日粟国島で合流することになった。
風は気持ちいいほどに吹き続け、午前10時には既に粟国島に着いた。


港に入るなりパトカーが待機していた。
後で知ったが、私達が粟国島に入る前に漁師から既に連絡が入り、
「台湾船のような船が島に向かっていること、乗り組み員は男2名に女性2名 計4名」という情報が入ったそうだ。(女性2人とはいったい誰と間違ったのだろうか?)

乗組員は残念ながら流暢な日本語を話すし、たまたま港にいた人が知り合いだった事もあって、あっけなく問題解決。 
得体のしれない台湾船の情報を聞きつけ見に来ていたのは、ダイビングショップを営むS氏だった。 
おかげで職務質問もされずにすぐに開放され、ついでに何処に行くにも不自由だろうからと車も借してくれた。サバニを港に置いたまま快適なビーチでキャンプする事が出来、思いがけなく粟国島観光も出来た。

筆ん崎灯台からは私達が通って来て、また行こうしているコースを、はっきりと望むことが出来る。 
ケラマ諸島の中に渡嘉敷島ギシップ島、初日に行くか戻ろうか迷った前島、南西には断念した久米島。北東には今度の旅で最長となる60km先に明日の目的地、伊江島タッチューが霞んで見える。

全て揃ったクルーを祝うかのように一点の曇りのない夕日がゆっくりと空を染める。

 

 
 

島の東側、ウーグ浜にが今日の宿。
一人は林の中に、一人は海が見渡せるデイゴの木に、一人は風が抜けるビーチにと、思い思いの場所にハンモックテントを張った。
その夜、浜では海亀が産卵した。

明日は伊江島へ,、と思いを馳せる。






7月2日
南西の風7メートル、真向かいから無数に小さな白波は立つ中を出航した。
港の前方両サイドにテトラポットがあるため、さらに、強い風が集中している。

最後の防波堤を越えても進行方向左サイドにリーフが張り出しているため、まだ暫くは風に向かって漕ぐしかない。少しでも舟の先を横に向けたり、風に流されたら、たちまちリーフに乗り上げてしまう。

この辺がエンジンの無い舟の最も気を使う場面だ。約20分の爆漕ぎの末、何とか帆を上げるところまで来た。

帆を上げながらも風を入れ直ぐに船首を伊江島に向け、とにかくこの場から逃げる。
もたもたしていると直ぐに横のリーフに捕まってしまう。リーフを超え濃いブルーの海に入ると、波は大きなうねりとなった。

本島中心部にある恩納岳が霞んで見える。
風は衰えを知らず、さらに勢いを増しサバニを伊江島へと、どんどん運んでくれる。
この分だと到着を夕方に予想していたが、思いの外、早く着くかも知れない。

目のいいアキラが伊江島タッチューの天辺を確認した。

伊江島の輪郭がはっきりと見て取れる頃から粟国島が視界から消え、やがて本部半島の岩山を削った痛々しい肌が見えてくると、山の無い瀬底島や水納島も肉眼で確認できるようになった。

島々のリーフに沿って、白く波立つ周辺をアジサシが小魚を追って忙しく飛び回っている。
そろそろ釣れてもいいのになーと思って竿を見たら、いつの間にか竿がしなっていた。

魚が掛かるとラインが流れる音がするが、狙っている大きさには程遠い大きさだったせいもあって、
何時釣れたのかも気付かないまま引っ張られたままでいた。

もう直ぐ到着という時だったので、新鮮な状態で頂くことができた。

伊江島午後1時、粟国島を7時に出航したから60kmを6時間で航海したことになる。

たいがい一日の内、どこかで風が治まるものだが、今回は治まることを知らず終日吹いていた。

 

 
 



 

伊江島には優れたサバニ大工がいる。
完成したサバニの進水式を前に一足先に見におじゃました。

エンジンが付かないサバニは、数十年の間注文が無かった。
沖縄の伝統的なサバニの文化を復活させようと始まったサバニレースによって、俄かにサバニを注文する人も増えてきている。

ここ伊江島の下門(シモジョウ)さんは、最近の注文だけでも私の知る限り4隻を数える。
私達がここまで乗って来たサバニも、大工は違っても、こうした流れの中で造られたものだ。
レースをきっかけに今後こうした動きが、さらに発展してくれればと願う。

いつ来てもきれいに整頓された工房の真ん中に完成したサバニがあった。
サバニの中に木屑一つない、その丁重な仕事ぶりがうかがえる。

突然の訪問にも関わらず、いつもと変わらず快く迎え入れてくれた。

ここまでサバニで来たこと、明日は伊是名に向かうことを伝えると、
「今日も明日も最高の風だ。走るよ!」と励ましてくれた。





 

7月3日 
南の風、7メートル。

リーフを超え本部半島の輪郭が見え始めた頃、やんばるの山並みが北に向けて連なって見える。 
目指す伊是名島とその向こうにある伊平屋島が重なって見える。

まだどの山がどの島なのか検討はつかないが、一番濃い色の島に向けて進路をとる。 
全く初めてのコースは、風向、潮流、潮目、それにリーフと気を使わなければならない事だらけなのだが、これが案外面白くなってくる。 

前日、予め海図でコースを設定する。

主に風向によってコースもある程度限定されるが、今回初めてコース変更を余儀なくした。 
水平線を注意深く見ていると、海底の起伏によるものだったり潮流によるものだったりして、時折時化ているのが肉眼でも見て取れる。

単船での航海に間違いは許されない。波立っているところを、あえて通る必要はない。 
島の前方右に潮流が長く走っていて波立っている。 

恐らく、伊江島沖から来る潮流と北からの流れがぶつかり合って起こっているだろう。
どこまで続いているのか肉眼では確認出来ないほど、延々と古宇利島の方に延びている。 
そのスタートは運良く伊是名島南の港入り口、立標から約100m位のところから始まっている。 
ここを避け、屋那覇島のリーフギリギリまで近づき、この波を横目に見ながらやり過ごした。

それでも屋那覇島と伊江島側からのぶつかり合う波を受け、何度か波を被った。 

この波を受けて一瞬あの波立つラインを経験してみたいと思った事を後悔し、チャレンジしないで良かったと胸をなでおろした。 

きっとチャレンジしたとしても、何度かの大きな波を被り、数分間の緊張した時間を体験する、というだけだろうが、万が一そうでなかったらと考えると、やはり航海は最善の方法を常に模索するに越したことはない。

伊是名島。
最も南に位置する立標を超えるとうねりも消え、コバルトブルーの静かなイノーへと導かれるよう入っていく。

船が航行出来るように掘られた水路が一直線に港に向かって伸びていた。

イノーは舟を係留するのに十分な水深があり、視界に広がる全てに人工物もなく広く真っ白なビーチが続く理想的な場所に辿り着いた。

 
 

 

伊是名島の東に向けたビーチは、無人島の屋那覇島と遠くにやんばるの山並みが見える。
  
大きく育ったモクマオウの木が周囲に十分な影を作ってくれる。
正午の照り返すビーチの暑さと影のコントラストをさらに際立たせている。  

モクマオウは、本来沖縄には無い外来種だが、この際目をつぶる事にしよう。 

ここでもダイビングショップを営むN氏に、車やらシャワー挙句は観光案内までしてもらった。 
「旅先に恩義あり」という言葉があるが、こうした時の心使いは助かるし遠慮なく頂く事にする。
まさに「恩義あり」と手を合わせたい気持ちになる。 

結局、直ぐ隣にある伊平屋島行きはキャンセルし伊是名に2泊した。 
昨日から風向が南西から南に変わり、伊平屋島はさらに北に位置している。 
多少風が東に向けても辺戸岬には問題なく行けるが、伊平屋島はここからさらに10km上る。 

ちょっとでも東に向いた風になると、安心できる風向では無くなる。 
多少波も上がっているだろうし、今までの航海と違って大きな船の航路にもなっている。 
という訳で、居心地のいい環境は出航しない言い訳もうまくなる。

那覇の港を出港してから1週間。
ここまでがとりあえずの目的地。
ここから先は天候と相談しながら、さらに旅を続ける予定だったが、
クルーの都合もあり、明日の進路は本島北端に最も近い30km先の宜名間漁港に決まった。 

港に向かえに来る友人から「明日は時化るけど大丈夫か?無理はするな!」というメールが入った。
この旅をどこで知ったか近くに住む友人の漁師からも「明日は波が高くなるよ」というメールが入った。
二人とも長年海と付き合ってきた信頼のおける人達だ。こうなるとさすがに慎重にならざるを得ない。 

テレビで天気予報を確認し、携帯で確認し、さらにはパソコンで最新の情報を送ってもらった。 
確かに多少風は上がりそうだが、危険という状況にはない。

山から見えた潮目も伊是名島北端から古宇利島に向けて走っていた。
あの波を越えなければならないとしたら、さすがに躊躇するだろうがぶつかることもないだろう。

南の風がこれ以上吹いても、最も影響を受けるのは出航して間もなくだろう。 
その後は本部半島や伊江島の島に阻まれ、波も落ちてくるだろう。 

さらにこれからの数日間、風は上がることはあっても、落ちることはなさそうだ。
だとしたら、出るとしたら明日がいいのではないか。

前日こうした状況と情報を皆と共有し、明日は宜名間港に向けて出発することにした。
もし出航して、思いの他時化ていたら引き返し伊平屋島に非難する。

朝6時の時点で、沖には既に小さな白波が立っていた。
やはり幾分風は上がっているようだ。
沖に出てどの程度の波が立っているかが気になるところだが、もし危険な状況なら肉眼でも確認できるし、その前に引き返すのはこの風では、むしろ簡単だ。 

慎重に舟を進めながら最も波があるだろうラインを通った。
波高3メートル位だろうか? 

確かに大きな波だし何の心配も無いと言えばうそになるが、緊張する程度の波ではない。 
出航してから30分が経ったところで、このまま宜名間港に向けて突っ切ることに決めた。

この波を早くやり過ごすため、進路を140度に取った。 
やはり本部半島と伊江島に阻まれて、暫くしたら大きなうねりも治まった。 

ここからは真っ直ぐ宜名間港に向けて行けばいい。
後は大型船の航路になっているため、若干本島寄りを通れば問題はないだろう。

東シナ海を望む景勝地、茅打ちバンタ(カヤウチバンタ)を見上げる場所に宜名間漁港がある。



サバニを上げ、今年の航海も無事終わった。 

港にある水道から体についた乾いた塩を洗いながら、何時までも何時までも、この場で浴びていたいと思った。

迎えに来た友人が私達が通ってきた海の道を見ながら、この波だよ!と、
見た海は無数に白波が立ち、到底海に出ようという気にさせない迫力をもって唸りを上げていた。

風はさらに勢いを増しているようだ。 
西には、数時間前までいた至福の時を過ごした伊是名島が見える。 

この海をいとも簡単に越えて来たサバニに改めて関心する。

今回の旅は、さらなる旅の準備という目的をも持っている。 

次の航海はあらゆる面でハードな条件が重なる。その日まで航海能力を高めなければならない。 
まだまだ課題は山積みだが、それがわかり改善点が見えてきただけでも大きな収穫だと思う。 

約200kmの航海だったが、伴走船を伴わない一隻だけの航海は目に見えない大きな自信と収穫の旅だった。 

私は航海に専念し、クルーに対して細やかな心配りを一切していなかった。 
「一人は皆のために、皆は一人のために」 
この言葉を口癖のように諭し、それを実践していた伊東さんをはじめ、こんなに気持ちのいいクルーが他に存在するのだろうかと思えるぐらい気持ちのいいメンバーに恵まれた。 
改めてクルーに感謝したい。


それにしても、あー楽しかった。


(これを書くエネルギーは、これを読んだ人が面白そうだなー。
俺もやってみたいなー。という人が一人でも増えてくれることを願って書いています。 
こんなに楽しい旅は他に存在するのだろうかと、思えるぐらい 楽しい遊びだと思う。 
いつか旅の途中、サバニ同士で「やーどちらまで?」と声を掛け合いたいものだ。 )



Text by  森洋治



                






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