サバニキャンプ2013 
西表島
 




フーカキサバニのHPに、この間まで遊んでいた西表島の様子がアップされている。
私はカメラを持っていないし写真を撮る習慣がないので、誰かが撮ってくれるとありがたい。  
撮らないくせに見るのは好きだ。 見ていると忘れていた事がまざまざと蘇る。





写真だけだとやはり何かと伝わらないので書きたくなる。写真を見ながら適当に思い出しながら書いていく。

行った人は、そうだったよなーと夢の時を回想し、
行っていない人はツアーでは決して成し得ない西表島の大自然を味わって欲しい。 

僅かでも西表島の空気を、サバニの旅を感じてくれたら嬉しいなー

今回の参加者は全て昨年参加した人たちばかり、HPなどで募集していないのは、
サバニに乗る人数が限られているため案内を出す前に定員オーバーとなってしまったからだ。
 
だから今回参加したくとも、残念ながらお断りする人もいました。 
もし次回も開催する時はもう少し長く設定しようと思っています。
(第一弾は5名と余裕があったのは直前で2名参加できなくなったため、、)

西表島は耐え忍んで過ぎ去るのを待った大型台風も去り、全ての生き物が喜び、生を満喫している事でしょう。 
西表島の大自然をもう少し味わっていたかったが、写真を見つつあの夢の日を回想しよう。 


2013年6月30日 
座間味のサバニレースを終え、翌1日に慌しく後片付け、2日には石垣経由西表島と強行スケジュール。
石垣島では食材の準備班とサバニ準備班の二手に分かれる。
西表島で合流し、サバニは星立から出発地点の白浜へ漕いで移動。
(マリンサービス空海所有のサバニをお借りしている)




7月3日
白浜から、まずは集落の無い西へ進路を取る。
西表島の道路は島を一周していない。西部と言われる白浜集落が最も西になる。

ここから更に人の住む集落は、陸の孤島と言われる船浮集落しかない。 
白浜を旅の出発地点にするのは西表島でも最も自然が残っている地域だから、
ここから先は海も山も川も人の気配がしない。

別のたいした用事も無いが、何となく最後の集落という事で船浮に寄ってみる。 
小さな港の前には休憩所とトイレが完備されている。 
炎天下でも影を提供してくれて快適なのだが、この建物が木製だったら尚いいのにと勝手な事を思う。
木製のサバニは熱を吸収し海の上は風が抜けるので、見た目以上に当人たちは涼しく居心地がいい。




船浮から更に西へ進むほどに人の気配が消えていく。 
船浮湾はタンカーさえ非難できる広く深い海がある。 
穏やかな日にしか来た事がないので見たことはないが、
台風や時化(シケ)の時は大型船が係留しているのだろうか? 



船浮の岬を越えると海の色が一変する。 
南国特有のさんご礁のグラデーションがドガンと目に飛び込んでくる。 

船浮の裏にあたるイダの浜からサバ崎に至る湾に、
無数の名も無き(あるのかも知れないが、)ビーチが点在する。 

昨年はこの中の幾つかのビーチに立ち寄ったので、
今回は天候が安定している今のうちに、できればパイミ崎まで行って見たい。 
よって湾をショートカットしてサバ崎に向かう。 

南から小さな雨雲が流れてきた。 
視界が遮るような大きさではないので、涼しさをもたらす風も雨も心地いい。
10時を過ぎ、今が最干潮となっても長潮のため問題なくイノー(さんご礁の中)を行く。





サバ崎は船浮湾と網取湾を隔てる細長く突き出た半島なのだが、珍しい事にその先端に広いビーチがある。 
岬の先端にビーチがあるところはそう多くはないと思う。
ここにハンモックを張って広い海を満喫できたら、と来るたびに思ったりするのだが、
影とハンモックを支える木が見当たらない。 
冬、遮るもののない過酷な岬は木が育つ環境にないのかも知れない。




サバ崎のさんご礁はトップクラスと言って差し支えないと思う。
ここに入るのが初めての人もいるので、クールダウンのためしばし遊ぶ事にした。

まだまだ時間がたっぷりあったので、網取湾を超え崎山湾へ。
東海大の研究センターを横目にウルチ崎を越える。 



                  

網取湾から崎山湾へはウルチ岬の北に大きく伸びるリーフが発達している。
ここのリーフを超えていくとなると相当な遠回りとなるが、
ショートカットできるよう大きく開けたリーフの切れ目ある。
 
それでも私は西表の雄大な景色を楽しみたくて、
わざわざサバニの喫水ギリギリの干上がったイノーの中、断崖の側を通る。 

岬を越えると崎山湾の全体像が現れる。 
最も西にある最西端、パイミ崎に向かう。 
パイミ崎も低い岬ながらも広いビーチが先端まで延びている。 

リーフエッジがビーチ側にあったのでダイナミックなさんご礁をビーチエントリーできる。 
そう思って先端まで行ったが先端のビーチには先客がいた。 
カヌーで大原〜鹿川〜崎山と渡って、ここには4日目だという。 
挨拶程度の会話だったが、人恋しい。という風でも無さそうだったし、
私たちに気付き慌ててパンツを履いていた。大自然を一人で満喫したいのだろう。
早々に退散する事にした。 

                   



このビーチ沿いを舐めるように進んで行くと、立ち寄ったビーチの半分にも満たないビーチがあり、
その隣に更に小さなビーチがあった。 
まだ日は高かったがここからなら夕日も見られる。 

ここのビーチは藻場が広がり、その先にはさんご礁もある。 
藻場が広がっているせいかカメが多い。
西表島を紹介したパンフにもカメのマークがあったが、
クールダウンに入った僅かな時間で6匹以上確認できた。 



















崎山湾は1日のつもりだったが、
ビーチの対岸に木の生い茂る気持ち良さそうなビーチがあったので次回のためにも少し立ちよってみた。

小さいが澄み切った川の流れ込みがあった。 
砂が天然の防波堤となって小さな水場を造っている。 
張り出した木々の葉が真上に上がったギラギラの太陽の光を遮っていた。 
山から流れる水は淀みなく、ひんやりする水に体を埋め輝く海を眺めた。 

難破した木造船がビーチに打ち上げられ、バウ(船首)が半分砂に埋もれていた。  
なんだか映画のセットのようだ。 
予想以上のビーチだったので、日はまだ高いがここでまた長居する事にする。 















天候が安定しているせいか、朝早くから崎山湾にも続々とダイビング船が集まってくる。
船が集まるところは集中している。 どの船も外界に面した潮通しのいい場所に係船している。 
という事は、海の中もきっとすごいのだろう。 
と思って、邪魔にならない程度の近くで潜らせてもらう。 

期待が大きかったせいか、サバ崎や崎山先端に比べると見劣りする。 
お客を連れてくるとなると係船がしやすく管理しやすいところがサービスする側のベストポイントという事になる。 
またこの海を見て残念がる人もいないだろう。 

サバ崎や崎山の先端は大きい船の係船は難しい。 
その点、カヌーやサバニはひざ下でもドンドン入っていけるから場所を選ばない。 

昨日から多少南の風が上がり、パイミ崎から回ったウネリが崎山湾まで入ってきていた。
幾つかの大きい追い波をかわすと平穏な網取湾に入る。 
風が上がっているせいか、地元のダイビング船が集まっていた。 

昼にはまだ少し時間があったので、ここでも潜り、昼食は網取集落跡へ。
現在は東海大学の研究施設になっているので、芝生も手入れが行きとどいていて居心地がいい。

ヤラブ(テリハボク)が囲む芝生の上で、
にぎり飯でお腹を満たし集落跡を探索し、たっぷりと昼寝をした。 

私はここの場所が好きだ。 
眼下に広がる網取湾は幾つもの青のグラデーションが水平線の向こうまで延々と続く。 
建造物を無理やり探そうと思えばここの桟橋ぐらいだろうか? 












ウダラ浜にはもう少し早めに入るつもりだったが、立ち寄った先がそれを許してくれなかった。
ウダラ浜は一年振りの浜だ。 

ビーチに人の気配がしたが何人かの知り合いが来ていることは聞いていたので驚きはしなかった。 
ちょっと離れたところに船を進めたが、ここにも先客がいた。 
ウダラ浜は大潮になると潮が木々が生い茂るそばまで来る。 
5人の居場所を確保するとなると、
ハンモックを張る木、食事を取るスペースはどこでも良い。ということにはならない。 

近くに行って場所の確保をお願いしようと船を進めたら、何と昨年ここで出会ったトオルさんだった。 
サバニに乗っている殆どが昨年の参加者だから、
「あートオルさんだー!」「エーッ!」 これで場所の確保という問題が解消された。

ひとしきり互いの再会を喜んだ。 
あーここでもいい時を過ごせそうだ。 
誰に感謝すればいいのか分からぬまま、取り敢えず、

ありがとう。






この日、ウダラ浜には私たち5名の他に5人の先客がいた。 
トオルさん、イリオモテのターザンの著者・水田さん、
昨年辻駒さん達と一緒だった岳、辻駒さんと同伴のカズさん。 

ウダラの浜でここに集まった全員が火を囲んだ。 
水田さんがイリオモテのターザンこと恵勇ジィのあの本には書けなかったいろいろな話をしてくれた。 
あの本は結構分厚い本だがそれでも削って削って、3分の1にまで減らされたと嘆いていた。 
ではこの機会に本には書けなかった話を聞かせて欲しいとせがんだ。 
恵勇ジィとの思い出話で中でも強烈に印象に残っているのは女性の話なのだそうだ。 
だけどそこだけは女性がいるここでは話せないという。 
日をまたぐ時間だったので女性陣は「では私たちは退散して、、」という訳で男だけでその話を伺った。
思わせぶりだが、ここでも紹介できる内容ではなかった。 
水田さんはどうしても、この話しを紹介したくて粘ったらしいが、内容を知った今、
私も出版社と同じ意見で、あの夜の話はウダラ浜でしかしてはならない話として大事にしておくべきだろう。





私たちのグループを除いて殆どが一人旅ないし2人。
人間生活の雑踏から離れ、濃厚に残る西表島の中にあって、
更に奥にあるウダラ浜は夜になると、暗黒の森と明るく輝く星と幾十にも重なる生き物の気配が支配する。 






誰もがそんな世界を求めてここに来ている筈なのに、
私たちのグループは騒がしい筈なのだが、
誰もがそんな素振りなど全く感じさせず気持ちよく接してくれる。 

恵勇ジィ亡き後、何年かここに変な人が住み着き、
悪さをしたヤツもいたらしいが、今は平和が保たれている。










 翌日、あのガーラの群れが忘れなれなくて鹿川へ行く事にした。 
ついでにお隣さんのトオルさんを誘ってみた。 
「行きます。」と躊躇ない返事。素晴らしい。 

昨年は20年振りとはいえトオルさんがいればこその鹿川越えだったので、今年も一緒だと心強い。

昨年同様、多少道を見失う事もあったが問題なく予定通り辿りつけた。 
道しるべが心もとない山超えは、なるべく視線を前方に向け、
自信がなかったりマーカーが暫く見えなかったら立ち止まり、
時には戻りながら慌てず慎重に進めばそれほど難しいものではない。と思う。 








約2時間半で到着。
鹿川湾は南に大きく開いていて幅のある大きい浜だ。 
季節的な事もあるのかも知れないが、ビーチに上がるゴミが気になる。
(ウダラ浜は全くゴミがない。少し人間の生活跡が気になるが、、、)

毎年、夏には地元の有志によってビーチクリーンが行われているようだ。 
だから少なくとも一年前にはビーチクリーンがここで行われているので、
このゴミは一年分のゴミという事になる。

今年は私たちが帰った7月21日に行われるようだ。 
汚している訳ではないが楽しませてもらっている身として、
そうした話を聞いて協力できない自分がどこか後ろめたい。 

ここには山超えではなくサバニで来る事も可能だが、幾つかの理由で山越えを選択した。
鹿川湾のビーチが急勾配だということや、外洋から直接波が打ち寄せ、
水底が砂のためアンカーが利きづらいなど、他のビーチにはないマイナスはあるものの、
どれも行かない理由の決定打ではない。 

パイミ崎から南風見田まではリーフが近く、荒々しい海岸線が続く。
大きな川にマングローブも無ければ、
インナーリーフの中、さんご礁を下に覗きながらをゆったりクルーズすることもできない。
 
西表島一周する目的ならまだしも、
サバニで海を楽しもうとするならこのラインは限られたものになるからだ。 

それにウダラから鹿川の山越えもまた楽しい。 
川には手長エビや、さがり花、セマルハコガメ、サキシマハブにも会えた。 
突然アカショウビンのヒナが降ってくることだってある。 
時々道を見失いそうになるのも、いい緊張感を保ちつつゲームをしているようでやはり楽しい。 








鹿川に着いて少し木陰で涼んでいたら、ウダラ浜で一緒だった辻駒さんとカズさんが現れた。 
今日こちらに移動することは聞いていたので驚きはなかったが、
その荷のデカさと重量には驚かされた。 
試しにと担がせて貰ったが、体を横にしただけで危うく転びそうになった。
これを背負ってウダラ浜から山を越えて鹿川まで来るとは、、

以前、ウダラ浜と並んでここにも一人住んでいたようだ。 
小さな洞窟とその直ぐ上に大きめの洞窟がある。 
人の住んだ形跡はあるものの、湿っていて何だか居心地が悪そうだった。 
無人になって数十年と経っているので、
恐らく人知れず海岸や山を越えて来るキャンパーが残したものなのだろう。 

南に向いた大きく開けたビーチは、夏はいつも風が抜けて涼しい。 
リーフのない砂浜に波がダイレクトに打ち寄せる。 
遮るものの無い雄大な東シナ海を望むこの景色は、ウダラ浜から来ると全く対比的な場所だ。 

スノーケルを楽しみ、木陰で昼寝をし、思い思いの時間を過ごしウダラへと向かった。 
辻駒さんとカズさんとはここでお別れ、二人はここからゆっくりと東に向かう。 
あの荷物を背負って、、、 
辻駒さん達の旅は同じ場所にいてもまるで違う感動があるのかもしれないなー





ウダラ浜には午後5時過ぎに着いた。 
通って来た道なのになぜかまた道を外れたりする。

5日間に渡る西表のサバニ遊び第一弾も今日が最終日。
崎山の探索に出かけていた岳が、海を渡ってくるサバニに興味を持ったようなので、
「白浜までだけど乗る?」と誘ったら「乗せて下さい!」 
帰りはここをまた陸路で戻ることになる。 

岳は、東京に住んでいたが今はアパートも引き払い帰る予定はない。 
これからどうするかも全く決まっていないという。
よって時間はたっぷりとあるらしい。

うーん、なんと素晴らしい人生だ。 
その自由さは人間を更に磨いてくれるに違いない。 
今日石垣に向けて帰るルミちゃんもまだまだたっぷり時間があったので、
遠回りだが網取湾の海岸線を船底ギリギリに海岸線を舐めながら進む。 

水深が浅ければサンゴや魚、そして海岸線の景色が手に取るように迫る。 
カメがあちこちでひょっこり顔を覗かせる。 

イダの浜の沖合に留まり、またまたスノーケル。

時を惜しむかのように遊ぶ。 




















第2段 

好天にも恵まれ、申し分のない5日間を過ごした2人と入れ替えに新たな3人が参加して、
明日から6人でまた魅惑の海へと繰り出す。 
使用した衣類、キャンプ道具、そして体を快適な宿で洗濯してカラッカラに乾燥させた。 

2013年7月8日

白い夏雲が南へ緩やかに流れている。 どこへ行こうか? 
ざっくりとではあるが、やっぱり西へ向かう。 
朝、サバニに荷を積む込む時点でもコースは何も決めてはいない。 
サバニに乗ったクルーも殆どが気の知れた人たちばかりだ。 
「さてどこへ行きましょうか? 」  
旅はこの何者にも縛られないニュートラルさがたまらない。むしろそれこそが旅と言える。 

フィヨルドを思わせる湖のような白浜の港を出て改めて考える。 
ここからナーラの滝があるマングローブの川へ。それとも一気にパイミ崎に。
今ならどこへだって行ける。 
最高のコンデションは選択の幅が広がりかえって迷う。




海のコンデションがいい今、やはりあの魅惑の海へ行きたい。 
西表島と内離島の狭い水路に向かう。 
大潮だが満潮にあたる朝は白浜から見える仲良川河口は湖のように広い。 
その海のところどころに航路を示す立標が立っている。 
干潮時はこの標識を無視すると痛い目にあうが、
今はどのコースを走っても長いウミショウブでさえ船底に当たらない。  




内離島との水路を越えた辺りで、水落の滝が頭をよぎった。 
ここから先、舟浮湾を超え、網取り湾を超え、更に崎山湾へと向えば、
マングローブや滝を見る機会は訪れないかも知れない。 
風も落ちている今なら数キロ南に上ればマングローブの中を通って滝つぼまで行ける。 

水落の滝は西表のダイナミックな滝に比べる小さいが、
船で滝つぼまで行けるしサバニなら大潮の干潮でも入って行ける。 
更にこの時間なら滝をサバニで受けとめる事さえできる。 


初めてこの滝を見たのは、西部を中心にスノーケルを楽しませてくれるツアーに参加した時だった。 
期待に反して随分とコンパクトな滝に拍子抜けしたものだが、
自分でここに来るようになると、なぜだか好きになった。   
「水落まで行く?」と誘ってみた。  
殆どのクルーは私同様ノープラン、早い話どうでもいいのだ。













船上から水浴びをした後に、南のゆるい風を拾いながらゆっくり舟浮に向かう。
前半のウダラ浜から乗って来た岳を舟浮集落に降ろした。 
舟浮湾の中間地点でウダラ浜に向かう岳が、
舟浮集落の裏にあたるイダの浜を超え岩場を歩いているのが見えた。 
ここから彼は舟浮湾の幾つかのビーチを超え、
網取り湾に抜けるためにジャングルの山を越えなければならない。 
当然、トレイルのような整備された道がある訳ではなく、
幾つかの意地悪なマーカーを頼りに藪を掻き分け越えていかなければならない。 

大丈夫? と心配する私たちに「このぐらいは大丈夫です。ウダラで待っています。」と、
その笑顔には一点の不安もなく、あくまで爽やかで元気だ。 
ハードな環境をむしろ楽しんでいるようにも見える。
彼はこの後2ヶ月以上、未開のジャングルを彷徨っていた。

携帯が通じる内に最新の天気図を確認。
舟浮湾を超え網取り湾に入れば電波の感度が悪く、崎山湾に入ると全く通じない。
フィリピンの南海上に気になっていた雲の塊が熱低から台風に発達した。 
今はまだ小さいが雲の量から発達する可能性があり、ここも影響は避けられそうもない。  

ただ空は南からの夏雲が広がりそんな感じを全く感じさせない。 
おそらく2日は安定した日は続くだろう。 
崎山湾のあのビーチも魅力的だが情報が入らない環境でのキャンプは不安が残る。 

今日はウダラ浜に行くことにする。 
ウダラ浜はドコモは通じないがauは何とか通じる。  

一泊目はウダラ浜と決めた。 






ウダラ浜に向かう前に崎山湾のあの海ももう一度見たい。 
 
行くなら天候が安定している今しかないだろう。
そのまま前半と同じように真っ直ぐにパイミ崎に向かう。 
ビーチの西端は外洋に面したドロップオフになっていて、如何にもすごそうな地形だ。 
岬周りは最も安定した今の時期でも、こんないい条件の日はそう多くないだろう。
最干潮が13時だったのでちょうど潮止りでもあった。湖のような海面に潮も止まっている。 
そしてやはり期待を裏切らないすごい海がそこにあった。 

北海道からのシーカヤッカーはまだ裸の生活をしていた。
シーカヤックに捕まりながら僅かに東に流れる潮に乗って素もぐりを楽しんでいた。 
私たちもひとしきり潜っては移動しながら東に向かう。 















崎山湾の最深部にも以前集落があったようだが、
左右から流れる川がマングローブを育て深いジャングルに覆われてその面影さえない。 
西表島も全国的なサンゴの白化で壊滅的な被害を受けたが、最も早く回復したのもこの西表島だったようだ。 
それはきっとこの深い手付かずのジャングルから流れる栄養豊富な川からの流れ込みと無縁ではないのだろう


昼食のため網取のどこぞのビーチに、と思ったが雲行きが怪しくなってきたので、
急いで東海大の研究センターに向かった。 

舟を係留して広い屋根の下に逃げ込むと同時にドシャ降りの雨。間一髪で間に合った。 
スノーケルをしたばかりなので潮に濡れた体を洗い流せるので雨に打たれたところでどうってことはない筈なのだが、
水道の水シャワーは借りても雨に打たれようとする人はいない。
突然の雨は上空の冷たい空気も一緒に落としてくるので一気に気温が下がり肌寒いせいかも知れない。

初日だったので、昨日買出してきたパンでサンドイッチを作り頬張る。
食べ終わると同時に雨は上がりまたジリジリする夏の天気に戻った。
集落跡を散策したっぷり昼寝をし、周辺の海を潜りながらウダラに向かう。


ウダラ浜には水田さん、トオルさん、そして山越えの岳がいた。 
どこに行くかあの時点で決めていなかったので陸路で来られる舟浮で降りることになった岳、
こんな事なら降ろさずに一緒に来れば良かった。  
水田さんは扁桃腺を腫らしてダウン気味、よって今夜楽しみにしていた続イリオモテのターザン裏話はお預け。




後半のクルーには沖縄で人気の料理店を営む満名さんが参加した。 
プロの料理は限られた食材とはいえバリエーションがグンと広がる。 
「この魚をブイヤベースにしましょう。」 という満名さんの言葉に、
皆「わーい!やったー」と喜んでいる脇で、何だか聞いたことはあるがどんなものなのか料理の名前だという事は何となく想像がついた。

きっとどこかで食べているのだろうが、ブイヤベースという名を意識して食べた初体験だった。
ブイヤベースは日本語で言えば魚介鍋のようなもののようだが、こういう料理を作ってくれると海からの食材確保に俄然熱が入る。  
(食べる予定もないまま、ただ捕るだけを目的にむやみに捕獲するのはやってはならない。
命を頂いた以上は美味しく食べてやらねばならない。だから今回捕った獲物の捌きは私が担当した。)














夜中、いつも水浴びする川に生き物観察に行くと、
どういう習性なのか、水際に特大の手長エビが数匹上がっていた。 
大きく育った木々は夏の強い日差しをも遮り昼でも薄暗い。
水浴び場を囲む複数のさがり花は毎日満開の花を咲かせ、朝になると水面を花で埋めた。






翌朝、ウダラ浜に集う人たちにまたの再会を約束して水平線に向かってサバニを進める。 

徐々に広がる海はここが海だとは思えない程穏やかに海面を見せる。 
ゆっくりと進むサバニが掻き分ける波でやっとここが水の上だというのが分かる程に、
誰かが「わー」と小さな声を発したが、それきり誰も声を発しなかった。
ゆっくりと流れる景色、静粛の瞬間を誰もが壊したくないと思ったに違いない。

















風を受けて走るサバニも気持ちいいが、無風の海面を漕いだ分だけきっちりとその距離を刻む、
こんな日も私は大好きだ。 

途中幾つかのスノーケルを挟みながら、昼食は崎山湾が一望できる難破船のビーチまで足を伸ばす。
思い思いの時間を過ごし、そろそろ移動しようとしたら南からゆっくりと雲が覆ってきていた。
山に隠れてその大きさまでは確認出来ないが、小さなものではなさそうだ。 
こうした突然現れる積乱雲は怖い。発達すると突風を伴い時には雷を落とす。 
少し気になったが長く続く雨雲だったら帰るタイミングが遅れる。 
仮に発達した雨雲だったとしても届く前に岬を超え網取り湾に入れば東海大の研究所は直ぐだ。
雨が落ちても間一髪で雨宿りできるかもしれない。 

少々ビビリながら急いで沿岸に沿って向かった。
沿岸に沿うのは、いつでもビーチに逃げ込めるためと、万が一雷が落ちても標的になりづらいからだ。 
ちょうどウルチ崎を超え外離島が視界に入った辺りで稲光が見え同時に雷鳴が鳴った。 
研究センターはここからだと急げば40分ぐらいだろうが、その時間は許してくれなさそうだ。 
もうじきここもあの黒い雲が押し寄せてくる。全体像が見えて慌てて引き返す。 

同じビーチに戻りサバニを係留し一番大きなタープを引っ張り出して大慌てで張る。 
タープを張り終わった。 と同時にドシャブリの雨が落ちてきた。 
風が山からの吹き降ろしで幾筋ものマダラ模様を海に描いていた。 
強い風を伴っていることは簡単に想像できたが、南の壁に遮られて風への影響は無かった。 
今度も間一髪で間に合った。 

どんなに強い雨でも濡れることのないタープの中は快適だ。 
砂の上を流れ出る雨が海に向けて一本の蛇行する川を作り、その先にダムを作って遊ぶ。














ここに来る途中、二艇のシーカヤックが向かいのビーチに向かっているのが見えた。 
あのシーカヤックは星立てでシーカヤックショップCape Paimiを営むシンペイだろう。 

きっと私たちのように、この雨が通り過ぎるのをジッと待っているに違いない。 
ガイドのレベルが高ければこんな時だって貴重な良い思い出になる。 
ワンデイのツアーでここまで来るのは、さすがに高いポテンシャルを持つシーカヤックならではだ。 

星立てからだと内離島を超え三つの岬を超えなければ辿り着けない.
往復で30kmはあるなかなかハードなコースだが、こんな魅力的な環境のコースはそうそうない。 
サービスする側は大変だろうが、お客様には最高のメニューを提供していると思う。 


こうした積乱雲は夏は珍しくない。 
長く続くことはめったに無いから、多くの場合数十分も待てば通りすぎる。 
ただ大きく発達するとその規模は雷を伴った危険なものになる。 
できれば早く察知して避難するのが懸命だ。 
もし今回海上でやり過ごさなければならないとしたら、どうすれば良かっただろう。 

できれば風裏のリーフ内、陸の最も近いところ行きアンカーを下ろしマストをたたみ、船をタープで覆ってジッと待つしかなかったろう。 
打ち付ける大粒の雨に叩かれるのもそれはそれでも良かったのかも知れないが、、、

積乱雲の通過は30分程で止んだ。 
急速に勢力を落とした雨雲は雨のカーテンを引きずりながら北に去り何事も無かったかのように穏やかな海面と眩しい青空が広がる。 

タープをたたみ網取湾に向かう。 
大潮の干上がった最干潮帯。サンゴの深みを縫うようにサバニを進める。 







網取湾の全景が見える岬でスノーケルしてみる。
初めて入るポイントはどんな海なのかわくわくする。
 
ここが私にとって西表島ベストポイントだった。
やっぱり岬はいい。 

















魚影の濃さに、小笠原でも夢中になった泳ぎ釣りにチャレンジ。
サバニの上でハリスに小さなツブシ玉を使ったシンプルな仕掛け。エサはソウセイジ。
これが面白いように釣れる。食材ゲットに苦労したらこの方法が効率的かも知れない。 

その後何度かリクエストを受けるが、この釣りには獲物が肉眼で見えるほどの豊穣の海がそこにある。という条件が必要だ。 
ここは魚種まで選べる。いい海だ!






















網取湾に入ると崎山の方から2艇のシーカヤックがゆっくりと向かって来た。
やはりシンペイだった。 
     
真上に上った太陽の眩い光と、水深によるいく筋かの青のグラデーション、
真っ白な海底に点在するさんご礁の根に重なるようにシーカヤックが影を落とし、
水中を生き物のように移動していた。 





幾つかのポイントでスノーケルを楽しみサバ崎を越え舟浮湾に入る。 
舟浮集落の小さな丘を超えると比較的大きなビーチ、イダの浜に出る。
ここから湾に沿って小さなビーチが点在する。 
この湾の特徴は、どのビーチからエントリーしても海草やサンゴ、カメや群れ泳ぐ魚が見れる。

今回は最も奥まったマングローブ林の側にある小さなビーチに立ち寄る。 
ヤラブの木が海に向かって枝を広げ大きな日陰を作っていた。
ヤラブ(テリハボク)は幾つもの種を落とすが自然発生的に芽が出にくいらしい。 
人が手を加えてやると素直に育ってくれる木でもある。
だから沖縄ではヤラブの木があるところは人が暮らした証だ。という話を聞いた事がある。 
もしこのビーチにこの木が無かったら木陰を求めて立ち寄ることもなかっただろう。 



長い歴史の中で、もしかしたらこの小さなビーチを拠点に暮らした人がいたのかも知れない。 
また、以前は舟浮集落から網取り集落、その先にある崎山集落、更に山を越えた鹿川集落へは海上が主な移動手段だったのだろうが、シケや何らかの理由で舟に乗れない人も少なく無かったろう。
ここは陸路の重要な道でもあった。いずれの村にも小学校もあったから、どれだけの人がこの浜を超えて行ったのだろう。 
日が沈むと山から湧き出る星たち、浜から見る景色は遠くに小さく見える航路を示す立標を除けば今も何も変わっていない。
時には子供の手を引き後に控える山越えのために、このヤラブの木陰で一息ついたこともあったろう。  
今夜はそんな歴史の道を想いハンモックに揺られる。













朝、空は変わらず穏やかに晴れ渡っていた。 
昨日着いた時にも猪の足跡が残されていた。
大潮の夜に満潮を迎え、私たちの足跡も綺麗に洗い流した後、また新たな猪の足跡が残されていた。 
猪は警戒心が強く鋭い嗅覚をもっているが、6人が寝ているすぐ側を夜中に通ったようだ。  

夕食は最後の晩餐。ということで、魚はアクアなんとか?に、、サラダに、パスタ・・と、
残っている食材を贅沢に使った。 
猪にとっては周辺に残された匂いは尋常ではなかった筈だ。 





















ここは人の営みは変われども景色ばかりではなく生き物たちにとっては今も昔も変わっていないのだろう。  

この天気を見て数日後には荒れると想像できるのは携帯電話で知る情報だけで、
やがて来る台風を自然現象で知る観天望気で予想できるのだろうか? 

その僅かなヒントを無理やり探しても見つけられない。 
それほどあくまでも屈託のない天気だった。 

それでも予想は徐々に影響が出る時間まで正確性をおびてくる。 
台風の影響は明後日11日。
発達した台風は徐々に全ての交通機関はストップさせるに違いない。
その前に余裕を持って避難したほうが良さそうだ。 

だが今日までは一日遊べる。 

この後サバ崎まで足を伸ばし、西表に別れを惜しむかのように心行くまで海に浸かった。  
午後になって台風の影響が出てきた。少し上がって来た風を拾い帰った。 
マリンサービスの船が続々と帰る頃、一隻の船が真っ直ぐにサバ崎方面に向かっていった。 
この台風はたとえ入り江の奥のウダラとて、容易くやり過ごせる台風ではない。 
きっと水田さんを迎えに行った船なのだろう。








後半は5日の予定が3日と少なくなったが、その事を誰一人嘆く人はいない。 
この3日間は私たちに濃厚な夢の時を与えてくれた。 
2日の短縮なんて気にならない程に、生物にとって台風という存在は全ての活動をストップしてジッと耐え忍ぶ瞬間だろう。 

時には大きな災害を及ぼすものであっても、この雄大な環境を維持する大きな役割を担っていることを私たちは知っている。 










終わり

Text by 森洋治
Photo by サバニクルー


フーカキサバニ
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