サバニ航海2014


 まだ記憶が新しい内に記録しておこうとデータや写真を元に、またエアー航海に出ます。

サバニに乗ったことのある人もない人も、今からエークを片手にサバニに乗り込んで、さぁー、行きましょう。 
「クバガサ 持った!」


6月22日

 座間味のレースを終え、搬送関係者に無理を言って早々にサバニを名護へ運んで貰った。 
24日は朝一番で石垣島へ、そのまま波照間へ向かう予定だから片付ける時間は僅かに23日の1日しかない。

 名護漁港に運ばれた4艇を工房に運び、順次潮抜きした後マストや帆エーク、ライフジャケットなど全ての艤装品をカラッカラに乾燥させなければならない。
とにかく大忙しなのである。 

もう少し余裕を持って計画したいところだが、レースと航海の休みを同時に調整しているクルーもいるので、のんびりした日程は組めない。

今度の航海は、2011年(沖縄~日南市)以来となる。
あのトカラを超え辿り着き、全てが燃え尽きた。
どの年も、もう少しこの時間を楽しんでいたい欲求に駆られるが、あの年だけは身も心も満腹で次が浮かんで来なかった。
燃え尽き症候群とでも言うのだろうか。







 よって一昨年そして昨年は、2010年与那国島から西表島に立ち寄った際、余りに魅力的だった西表島で「この島を走り回りたい。」という夢を実現するため、未開の地をサバニで這いずり回った。
それはそれで最高の日々だった。 







    




 だが、実際は航海にやり残したものを心に閉まっていた。
2010年与那国島からスタートした旅は、メインとも言える宮古~沖縄本島を残し池間島で終わった。
いつか絶対にここに戻ってくる。3年の猶予期間を経てやっと現実的な計画に入った。 
まだ誰が参加できるか分からぬまま、実行に向けて進めていった。

そして具体的な計画にはいる3月位からクルーの募集を始めた。
2週間以上休みを取れる人はそうはいないだろう、日南まで行ったクルーの中には既にマットウな仕事についていて旅の誘いなどしようものなら殴られそうな忙しさだ。

だからいつものようには簡単には集まらないだろう。と想像していたが、殆どがOK。
予想に反して早い段階で定員をオーバーしてしまった。

クルーの選定は私の独断で決めている。
その条件は単純だ。

「漕げること」 
「仲間を思いやれること」








6月24日 

 朝早くからクルーが那覇空港に集まった。 
それぞれが自立して淡々とやるべきことをしている。といった風貌で、この顔ぶれならきっと楽しい旅ができそうだ。 

波照間行の高速船が出航か欠航か朝8時半に分かる。石垣島に着いた時、波照間行は全便欠航だった。
空港からの広く晴れ渡る太平洋の海原にリーフに砕ける白く長い帯が見えた。
太平洋高気圧は未だ勢力を安定できず、長く伸びる梅雨前線は思わせぶりに九州南部を行ったり来たりしている。

やはりダメかー。
離島桟橋行きの予定を白保に変更。今夜は新城さんの家に世話になることにする。
空港から直接波照間に渡るつもりだったので、新城さんはこの時点で私たちが来ることすら知らない。

だが、私はいつだって連絡したことなどない。
留守なら鍵の掛かっていない家に上がりこんで勝手にクーラーを付けて寝込んでいる時すらある。
突然の訪問にも、孫が遊びに来たかのように喜んで迎え入れてくれることは分かっている。

真っ昼間、工房には造りかけの二隻のサバニあった。
開けっ放しだったので作業した後、休憩のため部屋で涼んでいるのだろう。
しばらく造りかけのサバニ見て部屋を覗くとクーラーのある部屋で横になってテレビを見ていた。
いつもの光景だ。 

最近、造っている時間より休んでいる時間が多い。
新城さんはとにかく仕事が早いので、それでちょうどいいのかも知れない。 

二隻のサバニのうち一隻は石川さんという方が建造されているもので、クルーの一人でもあるマコトの大学の先輩らしい。
教員で石垣島に赴任した機会に突然サバニを造りたくなって新城さんから手ほどきを受けている。
それまではサバニとは縁のなかったのにまたどういう風が彼の中に吹いたのだろうか。

とにかく工房に杉の匂いが立ち込め、作業途中のサバニがある光景は嬉しい。
新城さんが元気な証拠だ。ゆっくりでいいから、いつまでも造りつづけて欲しい。


航海中、停滞は何かマイナスなイメージだが私に限ってはそのストレスは全くない。
航海は先に進むことが目的ではないので、気の合う仲間とただダラダラと日を過ごすのは、それはそれで楽しく好きだ。 
新城さんの家なら殆ど我が家のように寛げて尚更いい。 

何ならこのままサバニ航海を忘れて何処にも行かずに食っては寝る。の生活でも全く支障はない。と思える程に。
 
 結局6月25日、2日目も全便欠航、もう一泊ここに留まることに。
新城さんは8名もの人がクーラーのある2つの部屋を占領しても賑やかな環境は嬉しいようで、終始ご機嫌だ。 
存在を喜んでくれることはお世話になる側にとっては本当にありがたい。  

明日は出る。という日、「皆がいなくなると寂しくなるなー」と、ぽつりと言ってくれた。 
新城さん ありがとう お世話になりました。















波照間島-石垣島 へ

6月26日
 
 フェリーは、火木土曜日の週3便、高速船より出港する確率は高いらしい。
今日は出港予定日で定員は40人程しかなく朝早くから並ぶと聞き、出港するかも知れないと早朝港に向かう。
8人のクルーだと一台の車に乗れないので事前にタクシーを呼んで、もう一台は白保に住む圷さんの車に乗せてもらった。


圷さんは、以前石垣島の繁華街で「ムンドラ」という人気のカレー屋さんを営んでいた。
石垣島に行くときは、ここに寄るのが楽しみだったが白保に住居を移してからは店を閉めていた。
いつか白保で始めることは聞いていたが「まぁーのんびりやりますよ。」ずいぶん前にそんな話をしていた。
南国らしい、のんびりしたペースだが、今回訪ねたら完成間近。
新城さんのところからは歩いて行けるので私にとっては願ってもない環境だ。

港に着くと結果は吉と出た。高速船も1便だけは出るようだ。 クルーは好きなようにフェリー組と高速船組に分かれた。
(フェリーは40人ではなくもっとずいぶん余裕があった。)

私は低い視線の高速船に乗って、欠航しうる海況はどんなものか外に出て波を見ていた。 
さすがに欠航に値するシケだった。むしろよくこの海況で出航したものだと思った。
西表島大原経由の船は新城島を越えると、それまで飛沫を上げてカッ飛んでいたが、遮るもののない波が一段と大きくなるにつれ波がバウを叩く激しい音と振動が船内に響く。
大きな波に合わせてスピードを緩めるから一向にスピードが乗らない。

竹富島や小浜島、西表島は石垣間に繋がる大きなリーフに囲まれ外洋の波は入ってこない、
南にポツンと浮かぶ波照間島はこの時期欠航も少なくないのだと後から聞いた。

結局、予定時間から1時間遅れて到着。以降の便は欠航が決まった。

殆どの客は顔色が悪くターミナルに着くなりヘタリ込み、なかなかトイレから出てこない人もいた。
フェリーで来る仲間を待つ間しばし仮眠、天気図には見えにくい侮れない海況だと改めて感じる初波照間だった。

本来なら着いた日に舟の準備をしなければならないが、明日までに波は落ちないだろうし高速船が出るのかも怪しい。
今日は宿に行ってゆっくりしよう。 

宿は港から歩いて行ける素泊まりの宿、西浜荘。  
航海はキャンプが主な宿泊のスタイルだから、屋根がありシャワーがあり畳がある。
もうそれだけでも十分贅沢なのだが、出発する港から近い。という理由だけで選んだ宿は、いい方に裏切られた。








6月27日 
 
今日も高速船は1便の運航だけで欠航となった。
だが海は確実に快方に向かっている。
明日からは波照間島も日常に戻り、きっと高速船も通常運行するだろう。




    





斜路に運ばれたサバニをセッティング。
今回はヤフーグヮーと呼ばれる波除けは、予めセッティングせずにサバニの中に仕舞っていた。
理由は、運ぶ途中何度かの荷揚げで吊り上げなければならない。
慣れない船員によって折れてしまっては航海そのものが成り立たなくなる恐れがある。
そこで現地で電動ドリルを借りてセッティングすることにした。
時間はたっぷりある、水分を補給しつつ慌てずゆっくり作業を進める。

北に面した港はこの時期風裏になるため海況は見えないが、明日は波も落ちてくるだろう。
高速船の運航状況を待たず出航を決めた。



    


    




 波照間に来た日、高速船では確かに荒れた海だったので欠航はやむを得ないと思えた。
だが私の視点はサバニと同じ視線に立ちサバニでこの条件下を越えられるのだろうか?
それだけを基準に海を眺めていた。

波照間島と新城島の中間地点から波は頂点となりリーフに入るまで緊張を強いられるだろうが越えられない海況ではないと思った。
当然ながら何があってもこんな時に出航するつもりはないが。








6月28日 航海初日

南の風4~5m 波高1.5m
午前4時 起床 
午前5時25分 波照間漁港 出航

・新城島の沖合いで進路を東へ変え、黒島の南側を帆走。
・石垣島の宮良川河口からリーフの中へ入ったものの最干潮のためリーフ内にアンカーを打ち30分休憩。


 まだ明けきらない港を出て、西表島と新城島の中間地点を目指す。
しばらくすると島の壁も取り払われ、昨日まで欠航した波が入ってくる。
もし外回りがキツイようなら新城島に向かいリーフの中を石垣島に向けて走る。
当初は新城島でのキャンプを予定していたが停滞が伸びたので少しワープすることにした。
少し波はあるが外回りでも問題なさそうだ。 




    




 もしかしたらリーフの中を、周辺の島々を、帆走したい人がいるのかも知れないと思い聞いてみた。

「この分だと行けそうだけど外回りで行く?」 
「波は?」 
「何度か被る場面はあるかも知れないけど問題ないと思う。」
「では行きましょう。」

前日予め2つコースを説明していたので話は早い。かくして黒島の外側を通るコースにした。

リーフの中は穏やかだが、高速船がひっきりなしに通りその度に緊張感を持って避けなければならない。
リーフの出口も海図を見る限りそう多くはない。これからしばらく波、風共に落ちそうだ。
初日ではあるが多少波がある中で舟の挙動を確かめたい。

今年、新たに弥帆(二本マスト)も装備した。
この風と風向、距離は試すには最高のコンディションだ。




    




 石垣島から波照間島行きのフェリーは黒島東側から外洋に出て波照間に向かう。
船員のから「黒島沖で波が上がる。」という情報を得ていた。
情報通り、黒島沖で潮の交差するような大きな喧しい波がしばらく続いた。

何度か崩れ波がサバニに力なく入ってくるが、居眠りするクルーの目を覚ますほどではなかった。

波照間出航から8時間程で石垣島白保に入る宮良川河口に差し掛かった。
以前もこの辺りから入ったような気がするのだが、ちょうど最干潮帯だったのでリーフに長く白い帯が延々と続いていた。 
波に砕けるリーフに沿って川の河口に向かう。やっとリーフの中に入れる大きな入り口を見つけた。




    




 アバウトな記憶だけを頼りにするのは良くない。
昨日何を食べたのか?思い出せなくとも食べたことを忘れていなければ脳は問題ないらしい。
ならば私は食べた事すら思い出せないので明らかにアルツハイマーを疑っていい。
4年も前に一瞬だけ通ったリーフの切れ目など記憶している訳がない。
この辺りをサバニで通った事をまだ微かに記憶に留めていることだけでも救いだ。

干潮帯だったため、途中、島で作ったおにぎりの昼食を挟さみつつ少しの間潮待ちをして懐かしい白保の港に付けた。

午後2時30分 石垣島白保 到着
航海距離70km 
航海時間9時間 
最高速度14.3km/h 平均7.5km/h




    






石垣島-伊良部島

6月29日 航海2日目

西南西の風5~8m  波高1.5m
午前5時半 起床
午前6時15分 石垣島白保 出航
・多良間島と水納島の間を帆走。多良間沖を午前11時通過。

 マコトの提案で、宮古~久米島間の夜間航海を前に経験を積む目的で、ここから多良間島まで夜走りで行ってはどうか? 海況は問題ない。クルーも数日の停滞で体力も十分、皆の意見も「やれるならやりましょう」となった。

 白保の港に入る前、夜間白保からリーフを抜けることを想定し、また遥か南海上に雲が集まりだしているのも後押して、干潮帯に沖に向かってリーフの口を探した。 
だが、どこにもそれらしいルートは見つからなかった。
無くても満潮時なら喫水の浅いサバニなら問題ないだろう。
近くで涼んでいた地元の人に出口を聞いたら「満潮時ならどこでも出れるよ。」  

新城さんの家で翌日のおにぎりを準備して、明るいうちからカーテンを閉めて仮眠。 
PM8時起床、圷さんと石川さん2台の車で港に移動、顔の表情も分からない暗闇でお世話になったお礼を伝え、PM9時ゆっくり出航。

リーフの際は白波が崩れる音が徐々に大きくなって、突然白波が見えた。
崩れない場所はどこかにあるのか? 
真っ暗なリーフを砕ける音を頼りに、舐めるように探すが波の音は一向に治まる気配がない。

そうこうしている時に村山の携帯に圷さんから連絡が入った。
私たちが出て間もなく数人の海上保安官が来て、どこに向かったのか聞いてきたらしい。 
地元の人が不審に思って通報したのだろうか。
結局リーフの出口は見つける事ができず超える勇気もなく、昨日宮良川から入った口まで移動することにした。空港の方からヘリが向かって来て、私たちが先ほどまでいたリーフに沿って強力なサーチライトで照らしていた。何か別な事故でも発生したのだろうか。
まさか私たちが原因なら無駄な税金を浪費させてしまったようで申し訳ない。
暗闇の中、サーチライトから逃げるように遠ざかる。何だか密入国者の気分だ。

しばらくすると、遥か前方に時折光るものが見えた。
風上だったので勢力を維持すれば、いずれこっちに来る。

夜、新城さんがいつになく「心配だけど、気をつけて。」と言った言葉が気になった。
いつもニコニコしながら見送る新城さんにしては珍しい。

リーフ越えは1時間ロスして宮良川河口から外洋に出るまで更に1時間はかかる。
今なら引き返すことはできる。
声をかけるか迷っていたら、また前方に微かな音を伴った光が見えた。 

「ずいぶん時間をロスしてしまった。今日は引き返して朝早く出た方がいいと思うがどうだろう?」

PM11時、2時間の散歩を終えて帰宅。
新城さんはすでに電気を消して寝ていたようだ。 
突然現れても、大勢の人がどんな時間に現れても、いつのニコニコ歓迎してくれる。
当前のように訪ねてはいるが、こんな環境はそうあるものではない。本当にありがたい。
新城さんはその後私たちが寝入った夜中、手土産用の買出しに出ていたと翌朝知った。




    




 この先に控えているロングの航海を前に、十分な経験を積んでもらうため、波照間島を過ぎて直ぐに満名に舵取りを任せた。どうも集中が途切れるらしく向かうべく進路を外れるきらいがある。少しでもズレている時は決まって何かを覗いている時か、よそ見をしている。
これからを思うと絶対に直して貰わなければならない。 少しでもズレたらシビアに指摘を繰り返す。

白保からはマコトが舵を握った。
二人とも日南に行ったクルーだが舵取りは殆どしていない。航海を終えて、もう少し信頼して経験を積ませるんだった。
そんな反省から、スタートから二人に舵を任せた。

私と満名、マコトが後ろに座り、二人のどちらかが舵取りをしている間航海に関する私の知る限りの事を伝える努力をした。
といえば如何にも偉そうに聞こえるが、私自身特別な教育を受けた訳でも豊富な知識を有している訳でもない。
航海の専門家から見れば笑えるぐらいのレベルなのだろうが、少なくともそんなレベルでも安全な航海ができる事を知ってもらえるのは意義あることだと思う。 

多少波は上がっていたが風は気持ち良く吹き続け、弥帆も手伝ってこれまでにないスピードで走ってくれた。




    




多良間に立ち寄るつもりでいたが午前11時に着いてしまった。 
「この分だと、宮古に向かっても明るい内に着きそうだけど、どうする?」殆どこのまま突き進もうよ!と言っているようなものだが、皆の意見を聞いてみた。

皆思いは同じで、躊躇する隙もない。港を前にスピードを落とさず進路を宮古島に向けた。


多良間の港を前に、ポイントに向かうダイビング船と行き会った。
互いに手を振って挨拶を交わした。
後で知ったことだが、その中に最近まで内(海想)にいたスタッフが乗っていたようだ。
帆かけサバニを見て「まさか?」と思い電話やメールを送っていたようだが、私たちが気づいたのは伊良部島に着いてからだった。
彼女は大学を一年間休学して震災のあった東北や海外を放浪した後、多良間島でダイビングショップの手伝いをしている。
恐らく来年の春は大学に戻り、また海想であの可愛い素敵な笑顔を見せてくれるだろう。
帰ってきたらあの時のことをゆっくり話そう。





    





宮古島に入る時まず最も悩んだのが、どこに向かうか。
前回は次に向かうべく、久米島や沖縄本島にアクセスしやすい池間島を選んだが、今度は誰にも邪魔されずに完結したい。 そこで、まだ橋の掛かっていない伊良部島を選んだ。

池間島からは10km弱というところだから明日少しだけ早く出ればこの差は埋められる。
伊良部大橋は4年前まだ全く繋がっていなかったが、今回はすぐにでも開通するのでは、と思える程にほんの少しを残すのみとなっていた。 
繋がった橋の下をこえて伊良部島佐良浜港に向かう。
西日に照らされたフェリーが白く輝き、吸い込まれるようにゆっくりと港に入って行くのがみえた。 
斜路にサバニを上げ、ひとしきり無事の到着を祝った。


午後4時30分 伊良部島 佐良浜港 到着
航海距離121km 航海時間10時間10分 最高速度19.4km/h 平均11.9km/h





    





    













    




 ラッキーなことに港の側にプール施設があり、温水の出るシャワー室が完備されていた。
アンちゃんが管理人に交渉し許可を頂いた。
きっと女性二人と思っていたのかも知れないが、後から「すいません、ありがとうございます。」と、低姿勢で8人のクルーが、ぞろぞろと入っていく。
こういう時のお願いごとは女性に限る。

丁寧に粗相の無きようお願いすれば、たいがいはOKが出る。
お願いするタイミングや、立ち振る舞いが大きくものをいう。
これまでも初めての港で嫌な思いをしたことは一度も記憶にない。
それは恐らく私たちの対応も功を奏しているのかも知れない。

サバニに限らず、知らない土地に入ったらまずは丁寧に挨拶をし、誰かれなく置き場の許可を得る。
もしその人が仮に関係者ではなくとも、相手は悪い気はしないし、どこから来たの?と会話も弾む。
より多くの地元の人といい関係を築く努力は、結局皆をハッピーにして旅に最も素敵な出会いという花を添えてくれる。 

伊良部島は不思議な島だ。
普通なら島の玄関口である港から町は発展するものだが、ここは港の周辺は急斜面で土地が狭いせいか店も食堂と言えるものは殆どない。
町は車で10分ほど走った島の上部にある。
だから港の前には、他の島にはあまり見かけないタクシーがずらりと並び客待ちをしている。

食事をすべく2台のタクシーに分乗して町に向かった。
帰り、フェリーもなく宿もない港にどうして行くのか不思議だったのだろう。
「フェリーはもうないよ。」怪訝そうに尋ねられた。
確かに今時ターミナルすら消えている港に向かう人はいないだろう。無理もない。
「朝早いから港のそばで寝る。」とも言えず、「自分たちが乗ってきた舟があるから大丈夫です。」と何だか訳の分からない事を言って向かってもらった。
2台目のタクシーも同じような事を聞かれたらしい。
きっとタクシーの運転手は8人が寝れるほどの、さぞや大きい船を想像したことだろう。 

各自、サバニのそばで適当な場所を見つけハンモックテントを張って寝る。
サバニ旅にはこのハンモックテントは威力を発揮する。
サバニ旅の場合、多くは港かビーチに野営する。
港のコンクリートは日中の日差しで夜も高い熱を帯びていて、とてもその上で寝られるものではない。
港には必ず舟を引き上げる台車が置かれ、床の環境を選ばずハンモックを張るにはもってこいの環境だ。
今までどれだけお世話になったことか。
またハンモックは存在が目立たないのが魅力の一つでもある。











伊良部島-座間味島

6月30日 航海3日目








出航時 南西の風5~6m 波高1m
午前3時 起床
午前4時5分 伊良部島佐良浜港 出航

・約1時間半で池間大橋を通過。佐良浜港からの距離は約10km。
・橋をくぐる頃に空が白みはじめ、朝日が水平線から昇る。
・菓子パンと林檎の朝食。
・午前8時半、メイン帆と弥帆を下ろす。
・午前11時半、昼食の準備でアルファ米に水を注ぐ。
・午後2時から2時間ほど風が止まる。厳しい暑さ。
・午後7時頃、空が赤く染まり、西の空に細い月が浮かぶ。
・日没後、夜光虫が輝きだす。満天の星空。天の川を見上げながら漕ぐ。
・風が落ち、時速は5.5km前後。
・風向きが北へ変わり、向かい風となる。



伊良部島の港から、星が輝く中を池間大橋に向けて進む。
池間大橋を抜ける頃、空が白んできた。右にこんもりとした大神島が見える。
ここからこのコースの山ともいえる航海が始まるのだが、私には特別な感情は沸いてこない。

いつもより長く海の上にいるぐらいの変わらぬ心境、多少落ちてきたとはいえ出航してしばらくは追い風に乗り距離を稼いだ。




    








 風がある時は、極力体力を温存すべく漕がずに休むことにした。
日を避けてサバニの底にうずくまり、寝てはいても海上とはいえ暑くて堪らないようだ。

これまでサバニの上で「暑い」と感じたことは無かったが、今度ばかりは違った。
漕いでいないにも関わらず、ペットボトルの水がみるみる減っていく。
たまにユートゥイで海水を汲み、頭から浴びて涼を得る。何度か風が止まり漕ぎをプラスして距離を稼ぐ。 




    




    





 夜中、その風が北に変わった。

風が止まるぐらいだから僅かに北が吹いても不思議ではないが、北からの潮も重なり漕いでも全く前に進まない。
体力を温存してシーアンカーを下ろして風を待つか、東に流れた分、今のうちに北の風を利用して西に修正して置くべきか迷った。 

先はまだまだ長いのでどちらかに大きく修正する必要もないが、いつ風が持ち直すのか分からぬまま何もしないで待つほど心の余裕はない。

涼しくなった頃から漕ぎはじめ、帆を上げ風を拾いながら、ゆっくりと西に向かって風を待った。
5時間程漕いだ午後11時、風が回り始め、拾える南東の風に変わった。

弥帆は二本持ってきていた。
風は落ちると予想されていたので、伊良部島で大きい弥帆に変えていた。
南東の微風でも二本の帆は、きっちり風を捉いアウトリガーの船首が波を切っているのが見て取れた。





    





 いつまた止まるか分からないので、「今のうちに休んでいいよ!」と言うか言わない内にエークはサッと水面から一つ残らず消え、皆サバニの底に消えた。 

すぐに誰かのイビキが聞こえてきた。
村山が私の睡魔を消すため、健気にとりとめのない話を繋いでくれた。
話が途切れると必死で考えているらしく、話題に窮して口をついて出た言葉は「森さんて誕生日は?」 その努力は褒められるが、幾ら何でも、「聞いてどうすんの!」と突っ込んでしまった。
うずくまっても眠れずにいた他のクルーもさすがに我慢できず小さな笑い声が聞こえた。
おかげで私は睡魔に襲われることなく、村山は目的を達成した。





    





7月1日 航海4日目











早朝時 南南東の風2~3m 波高1m以下

・洋上で朝を迎え、強い日射しを浴びる。
・夜間も交代で舵をとる。
・午前7時半の時点で、出航から27時間30分経過、
航海距離 約180km 最高速度13.9km/h平均6.6km/h
・午前11時、ジャーキーサンドと胡瓜の朝食。
・午後12時過ぎ、左舷方向に積乱雲。進路を変えて回避。周囲にも次々と積乱雲が発生。
・午後4時、風が落ちたために漕ぐ。
・漕ぎ始めた時点で、航海距離252km。航海時間は37時間半。
・サバニの上で2度朝日を浴び、日没を眺めた。

風はその後、落ちそうで持ち直しを繰り返し、20時間近く神風が続き座間味の島が見えるところまで運んでくれた。

久場島の山が微かに覗いた頃、風は緩やかに止まった。
この海況をこのままあっさり超えさせる訳には行かないよ!ここから先は自らの力で越えな!
海の神様がくれた些細な愛の鞭のような気がする。 





    




    





 座間味まで約40数km、風が落ちてきたタイミングで女性陣が一人、また一人と漕ぎ始めた。
4人目の女性陣が漕いだタイミングで、ついに帆に風を伝えられなくなって下ろした。 
寝ていたクルーを起こし、全員で漕ぎ座間味に向かう。 

これより先、座間味まで僅かな風の向きの変化で帆を上下させたが、ついに舟を進める程の風は吹くことはなかった。

途中、積乱雲が四方に生まれては消え、一度はかち合いそうになって転舵した。
出会わなかったのはラッキーだった。
(後に座間味は強い積乱雲の通過によってNTTの塔が壊されたと聞いた。)








 明るい内に着ける望みは失せた。もしかしたら日をまたぐかも知れない。 
「あー座間味に着いたらチビタイ スイカが食いたい!」「ビールも欲しいなー」 
「腹減ったなー」、伊良部島を出てから2日間、舟の中で通常の食事は望みようもない。

伊良部島で調達したリンゴ、非常食用に準備したアルファー米、マネーズを塗った食パンと、船上では贅沢は言えないし、腹が減れば何だって美味しい だが可能ならば、もう少しマシなものが欲しくなる。 

私は航海中に知り合いに予め連絡するようなことは、特別な時を除いて殆どない。
だが頑張ってくれたクルーに対し、そしてこの海況を越えられたお祝いに、今度だけは甘えてもいいのではないか。
そんな気がして、ハートランドのオーナーで、ざまみ丸の艇長、ユキボーに連絡してみる。 

遅くなっては準備もままならないだろうから、午後6時過ぎ携帯の電波が通じて直ぐに連絡した。
「今―、久場島の南・・・」、話始めたところでプツンと切れた。方向が悪いのか、その後1時間以上、圏外が続いた。
ユキボーはあの時点で、南からサバニで来ていると理解していたそうだ。
午後7時過ぎ、やっと連絡がついた。

「ユキボー、今、久場島の南を走っている。座間味到着は夜中11時~12時位になりそうだ。 
この時間、店は閉まっているだろうから、悪いが冷たいスイカ、それにビール、8人分の飯を準備してくれないか?」と頼んだ。
すぐに「OK、分かった。任せておけ!」、頼もしい返事だった。
嬉しいなー。「座間味に着いたら天国だぞー」 
  
「ヤッホーー!!」
夕暮れ迫る中、慶良間の山影が僅かに近づいたような気がした。





    














 あと少し。すぐそこに島が見える。
ほんの那覇までのレースと同じ距離だ。 

下曽根はナイトダイビングをしているのか、何艇か係留されていた。
邪魔にならないよう、少し離れて通過、島に近づくにつれ夜光虫が信じられない程に増えてきた。
私はこれまで、これほど光る夜光虫を見たことがない。

こういう時、一番後ろにいる舵取りは役得と言える。
サバニとアウトリガーの波と、前を漕ぐ7人の漕ぎの全ての光がここに集まり、マックスを迎える。

たまにエークで飛沫を上げると、光が飛沫の形でクッキリと描き出される。
皆、光の遊びに夢中になり、なかなか思うように前に進んでくれない。
6時間以上、ひと時も休むことなく漕ぎ続けても、こうして夜光虫と遊ぶ余裕がある。
体力ばかりか、精神もタフで頼もしいクルー達。









 久場島の東を抜け奥武島南端まで来ると、舟を係留して夜釣りを楽しんでいる人がいた。
「こんばんはー」と挨拶、
「練習してるのー?」
「宮古から渡って来ました。」
「偉いねー、どこ行くの?」
「座間味へ、阿真ビーチへ行きます。」
「阿真ビーチなら、阿嘉島の橋を抜けた方が近いよー」と教えてくれた。 

慶留間島の南端、ムカラク島を超えて阿真ビーチへと向かうつもりでいたが、これより阿嘉島港入り口、青の灯標目指して真っ直ぐに進む。

とうに深い眠りに入ったであろう静まりかえった海に、エークが立てる音だけがリズミカルに響き明るい星空が幾層にも重なる黒い島影を一層際立たせていた。

午後11時50分、暗いが見覚えのあるビーチに到着。僅かレースから約10日ぶりの阿真ビーチ。
しばらくすると座間味の仲間が大きなクーラーボックスを抱えて現れた。
キンキンに冷えたビール、山盛りのご馳走、沢山の氷の中に埋もれたスイカ。

まずは皆で無事の到着を祝い、乾杯。
到着の喜びもさることながら、仲間の心尽くしが何より嬉しい。

キャンプ場に併設されたシャワーを浴び、2回目のビールの栓を抜き、食べきれないほどの山盛りのご馳走を頂く。

この海況を超えられた高揚感から、いつまでもこの雰囲気を味わっていたいと思った。
疲れはマックスに近い筈だが、いつまでもユンタクが続き、ハンモックを吊るしたのは午前2時を回っていた。

午後11時50分 座間味島阿真ビーチ 到着。
伊良部島~座間味島 航海距離289km。航海時間43時間36分
最高速度13.9km/h 平均6.6km/h

波照間島から座間味島までの2泊4日の航海旅。総距離約480km。





    





座間味島-糸満

7月2日

 今日は一日、座間味に停滞。ゆっくりする。
バンガローに移動して、一日のんびりと過ごした。

折角なので、阿真ビーチにいるキャンパーを対象にサバニに乗ってもらうことを思いついた。
数回に分けて、たった15分ほどのクルーズだが、誰もが目を輝かせて喜んでくれた。
体験会を終えても乗ってくれた人たちはいつまでもサバニから離れなれようとしなかった。










    





    





    






 夕飯はユキボーが経営する「ラ・トゥーク」へ。
驚いたことにカジキの頭丸ごとのマース煮が、デッカイ鍋でドカンと出てきた。
昨夜ちょうど私たちが座間味に向かっていた同じ海域で、一人カジキを追いかけ、釣り上げたものだった。

70kg程のカジキ、頭丸ごととなるとスケールが違う。
いやー、それにしても大海のど真ん中でユキボーは一人でカジキと格闘し、そこをゆっくりサバニで横切る風景は考えただけでも愉快だ。 

きっと、どちらかが「何してんの、こんなところで!」「あんたこそ、何してんのよ!」そんな会話が交わされていたことだろう。
 
いずれにしても、久しぶりのシャバで食べ物に飢えていた8人、こんな機会は滅多にあるものではない。
だがこのデカさは、とても食べれる量ではない。鍋ごと宿に持ち帰り、夜食とそして朝食にしても尚余りある量だった。





    





 その時に釣り上げた迫力ある映像や、今年のざまみ丸のレースの模様を皆で観戦。
ヘルメットに備え付けたGo Proは優れもので、釣れた臨場感、そのやり取り、一人で出かけたにも関わらず、このシステムなら終始迫力ある映像をカメラに収めることができる。

レースの映像では、舵取りの視線がそのまま映し出されている。
この数年、ユキボーがヘルメットに装着していたのは見ていたが、これほどクリアーで優れものだったとは、来年は私も取り入れよう。

それにしてもいいものを見せて貰った。勝つチームはそこに十分な理由がある。 
やんばるチームの満名さんは、この映像を見て意気消沈したのだろうか。
それとも奮い立ったのだろうか。 












7月3日 航海5日目
南の風5m~0m 波高1m以下
午前9時 座間味島阿真ビーチ 出航

・渡嘉敷島南端、阿波連崎を回り込むまで、ど向かい風のなかを漕ぐ。



 







 今年の航海も希望者が定員をオーバーしたため、例年どおり前半と後半に分けることにした。
その中間日が、7月3日、10日目の今日だった。 
2名のクルーが降り、新しいクルーの2名が加わる。

どこで降り加わるかは航海の進み次第、自然を相手だから予想すらできない。
今回、停滞はあったものの比較的順調に進んだ。
座間味がそのタイミングになったが、波照間から一歩も出ずに前半組は終了、ということだってありえない事ではない。 

この先のコースを思えば、ここに来てもらうのがスムーズなのだが、後半組が風邪のためダウンしたらしい。
朝確認のため連絡したら、明日も体調次第で行けるか見えない。ということだった。
クルーの交代を待っての停滞だったが、これを受けて留まる理由が無くなった。

停滞は急きょ変更、今日出航することにする。
西海岸はこの数年の間に何度も航海しているので、南部東海岸を北上することに。

まずは沖縄本島喜屋武岬を超え久高島を目指す。

だが、今の今まで座間味で停滞を決定したいたので、まさか変更になるとは知らず、3人の男連中はユキボーから借りた車で座間味の観光に出かけていて帰って来ない。
よりによって3人共に携帯電話は部屋に置きっぱなしで連絡が付かない。

朝食を済ませ荷造りを終え、全ての荷をビーチに運んでも尚来ない。
仮に予定通り座間味に停滞だったとしても、そもそも8時には行動開始と伝えてあるし、サバニでシュノ-ケルの予定だったが、車で道具を借りに行かなければ物事は何も進まない。
行動が遅れれば遅れる程、残された人たちにとって時間は先延ばしになる。
3人共に、そんなことにも思い至らないのか。

風が残っている内に早く出たい一心でイライラは募る。
出かけてから1時間半後、3人は揚々と帰ってきた。 
その後は想像に任せよう。








 





 沖縄本島南岸を目指すため、渡嘉敷南端の阿波連崎に向け、向かい風の中ガッツリ漕ぎで向かう。
ちょうど座間味の高速船が那覇から来る時間帯だから、すぐに航路から外れられるように進む。
何とか岬を超え、風を拾えるようになると、あれほど吹いていた風が徐々に落ちていく。





    



    



 那覇から出た海保の船が次々と西南西に向かっている。
西南西と言えば、きっと尖閣諸島に向かっているのだろう。私たちに構っている暇はない。
少しスピードを落としただけでそのまま行った。

この辺は航路にあたっているのか、貨物船と行きあう。
私たちの走るスピードなんか相手にとっては止まっているようなものだから、真っ直ぐに向かってくる。
こちらとしては堪らない。興味からなのだろうか、ずいぶん近くを通っていく。 





    





 ルカン焦を前についに風が止まった。
皆、風が上がるのを願いながら一向に漕ぐ気配を見せなかったが、さすがに漂うばかりでは漂流と同じだ。
またゆっくりと漕ぎ出す。

3人の男は、1時間だけ早く出ていたならば状況は全く違ったものになっていたことをこの時点で認識できているのだろうか。
屈託のない笑顔を見ると、きっとあの群青の座間味の海のように綺麗に洗い流されているようだ。
逆に言えば、こんなタフな精神だからこそ成し遂げられる航海なのだと思う。


今日中の久高島到着は難しくなってきた。
ルカン焦を前に急きょ糸満に変更、ルカン焦の北にコースに変更した。











    


    






 ここからならゆっくり向かってもまだ日が高いうちに着ける。
ルカン焦の北端は南からのうねりも消え穏やかな海面を見せる。
時間的な余裕ができたことで、しばしここで火照った体をクールダウン。




    





 糸満には私たちのような旅に最適な場所がある。
帆かけサバニレース会場でもある、糸満市潮崎南浜ビーチ。
公のキャンプ場ではないので大きな声では言えないが、ここにはありがたいことにシャワーが浴びられる水があり、ハンモックを吊るす柱が幾つもある。

ゴールの選択に迷いは無かった。
スーパーが近くない、買出しのため予め友人に到着時間を伝え足になってもらうことにした。




    





    












 港への航路を示す灯標を超えると、ビーチに動く人影が見えた。
小さな黒い点がちょこまか動いている。
あの黒い点は愛娘「まる」で、連絡を入れていた武林さんに違いない。

クルーの一人がビーチの真ん中に青い色を目ざとく見つけ、「あれはクーラーボックスじゃない?」と言った。
「何言ってんだよ。そんな事を期待するもんじゃない」と戒めるが、あの武林さんならあり得るなーと思った。
案の定それはクーラーボックスであり、中身は誰もが喉を枯らして待ち望んだキンキンに冷えたビールやお茶だった。 

旅中にいつも感じることだが、こんな時の心尽くしは本当に体に、そして心に沁みる。
恒例の如く差し入れをしてくれた武林さんを囲み、ビーチで取りあえず航海の無事を祝った。

「カンパーーイ!」 

午後6時 糸満潮崎南浜ビーチ 到着
航海距離:46.6km 航海時間8時間45分 最高速度12.2km/h 平均6.3km/h




    



    





 その後、糸満のサバニ仲間や先輩方が続々と現れ、ゆんたく会となった。
食べきれない程の刺身や惣菜、ビールにホクホクのおにぎり、翌日は朝食まで頂いた。

翌朝、
突き出た防波堤の先に立ち、海人の町らしい意気な見送り受けた。
ズッシリとした重低音のホラ貝の音が、晴れ渡る糸満の空にいつまでも響いていた。

ふらりと立ち寄った先々で抱えきれない程の善意に戸惑いながら、しかし報いる術もなく
ただただありがとう。というしかない。  

糸満の皆さま ありがとうございました。




    
















   























糸満-久高島-名護
7月4日 航海6日目

東南東の風3~0m 波高1m以下

午前5時半 起床 
午前7時15分 糸満市潮崎南浜ビーチ 出航
・沖縄本島南端の喜屋武岬を午前8時半に通過。糸満からの距離は8.5km。







この日、満名とごんたが降り、後半組の三浦夫妻が合流。
これまでもそうだったように、この旅はゴールが目的ではないので、条件によってはいかようにも変えられるのが私たちのスタイルだ。

可能ならばシーカヤック大会が行われている奄美大島をそのざっくりとした目的地にしていたが、ここにきて心配していたものが確実性を帯びて向かってきていた。 
この先の航海は許してくれそうにない。
旅は自らの意思とは否応なく、自然のご機嫌を伺いながら過ごすしかない。

正直、前に進みたい気持ちはあるが、私たちに恵みの環境を与えてくれるのも、この自然のサイクルがあればこそ。
受けいれるしか方法がない。 
新しく合流した二人も言葉には出さなくとも十分理解していることだろう。
今をありがたく過ごそう。





    





 糸満から喜屋武岬までは漕ぎで進み、岬を回り込んでからは弥帆に僅かな角度の風を伝え進む。
海から喜屋武岬を通るのはサバニに限らず初体験だ。

沖縄本島の辺戸岬や残波岬、真栄田岬と、岬と名の付くところは潮と激しい波に洗われ、サンゴが発達する猶予がなく、こうした断崖が多いのが特徴だが、辺戸岬同様に島の両端はその規模も大きい。

喜屋武岬~摩文仁を超え、数kmに及ぶ断崖は、こんな穏やかな海況でもない限り仰ぎ見ることはできない。

何世紀にも渡って形作られたダイナミックな石灰岩の奇形は、遥か水平線の彼方ばかり見てきた私たちにとって新鮮に映る。
慎重に進みながらも、白波が砕けるギリギリを進む。





    




    




    





 南城市の帆かけサバニレースが開催される奥武島沖からは、東に大きくリーフが発達している。
ここから少し風向も変わり、帆を下ろし向かい風の中を進む。

今日は暦では小潮だが、夕方までに70cm近くまで引く、そのせいで普段ならこの条件ならせいぜい4km/h程度しか進まないサバニが潮に乗って6km/hを下回ることがない。

これが大潮だったらどんななのだろうか。
向かい潮なら恐らく全く前に進まないところだったろう。
意図した訳ではなかったのでラッキーだった。

久高島の南端には、久高口と呼ばれる天然の水路がある。
両サイドのリーフが大きい分、潮の上下が激しく、生き物の出入り活発なのだろう。
数隻の船が水路の際にアンカーを打ち、釣りをしていた。





    





 沖縄は優れた海の民として知られる。
糸満海人の名は全国に知られているが、その糸満海人にも尊敬されるクダカンチューと呼ばれた海の民がいた。

2011年、日南へのサバニ航海の途中、トカラ列島口之島のお年寄りから聞いた話だが、
「私が小さい頃(80年ほど前)沖縄からクダカンチューと呼ばれた海人が、数隻のサバニに乗ってこの島に来ていた。浜に粗末な掘立小屋を建て、寝泊まりしていた。そしていつの間にか、いなくなっていた。」そんな話を伺った。

ある研究者は、優れた舟や航海の発達は例外なくそこに穏やかな海と豊穣の漁場が不可欠なのだそうだ。

世界の名だたる航海者のルーツもこうした環境が育てた。

久高島は、まさにこの環境にピタリとはまる。
東に波を遮るリーフと呼ばれる数10kmに及ぶ天然の防波堤、荒れる心配のない巨大な内海は餌のいらない天然の生簀だったのではないだろうか。
島の南岸には長く大きなリーフの潮の出入り口があり、船ばかりではなく今もきっと有望な生き物の通り道でもある。
大きな作業船をやり過ごし、久高島の港に入る。

午後2時45分 久高島到着
航海距離34km  航海時間7時間30分 平均速度4.5km/h




    




    





7月5日 航海7日目

東南東3m 波高1m以下 
午前6時 久高島 出航
・午前7時40分、津堅島の東を通過。
・浜比嘉島沖から伊計大橋をくぐると追い風となる。





    





 久高島から津堅島の外を抜け狭い水路からリーフの中に入る。
ここまで来るとサバニやボートでも何度か来たことがある。
ここから無人島の浮島を横目に、平安座島、宮城島、伊計島と連なる半島に向け、波の無い快適なイノーを進む。

勝連半島は県内で最もモズクの生産が盛んなところだ。
収穫の時期は過ぎているので周辺に浮かんでいる舟は網の回収をしているのだろうか。
近年、海も畑と同じで収穫のため育てている。
環境さえ守られれば一攫千金は望めなくとも自然は永遠に恵みを与えてくれる。
この湾に今、埋め立ての愚かなプロジェクトが着々と進行している。




    





 この数日、空気が清んでいるのかずいぶん視界が広がっている。
伊計大橋を抜けると、金武湾の全景とやんばるの山並みがグラデーションとなりどこまでも続いている。
島の熱に暖められた空気が雲を発生させ、長く伸びた沖縄本島に沿って連なっていた。

夏の陽気は一見いつまでも続くようだが、東寄りの風と波長の長いうねりはやがて全てを洗い流すほどの嵐を予感させる。

今日で今年の航海は終了。
私たちの拠点である名護から最も近い大浦湾の最深部へ向かう。





    




    






 丁度、サバニを上げる川の畔に諸喜田さんの店「海あっちゃー塾」がある。
嘉陽と瀬底島を拠点にしているので殆どここに立ち寄ることが無いらしいが、台風接近によってたまたま様子を見に来たらしい。
ゴールで航海の大先輩でもある諸喜田さんに会えたのも何かの縁なのだろうか。

「イヤーイヤーお疲れさん。すごいなー」
いつもの真っ黒く日焼けした笑顔に白い歯が浮き立つ。
店を開け、ありがたいシャワーを解放してくれた。 
8人のシャワーが終わると店の前にテーブルが並べられ、やはりキンキンのビールが準備されていた。
普段は口にしないビールを私はこの旅で何度口に運んだことだろう。

「シーカヤックもサバニも、海を渡る道具なんだよね。」
諸喜田さんの言葉は自らの生き方そのもの、これからも若い人に影響を与え続けて欲しい。  
諸喜田さん ありがとうございます。

この夜、思い思いの場にハンモックテントを張って旅の余韻に浸った。


午後2時50分 名護東海岸汀間漁港 到着
航海距離55km 航海時間8時間40分 最高速度12.6km/h 平均6.3km/h


・航海日数12日間(内、実航海日7日間) 総距離約620km
















 2005年から始まったサバニ旅は2014年の今年、ちょうど10年を迎えた。
これまでの総走行距離3900km、12の無人島を含む44の離島、51の港、サバニ航海ならではの数えきれないビーチに立ち寄った。

琉球弧と呼ばれる、与那国島~九州南端、約1300kmに及ぶ島々を、単独無伴走船で結んだことになる。
期せずして記念すべき10年目にこのコースが達成されたのは、スキルを積み上げていくための必要な時間だったのかも知れない。















旅を終えて

 今年の航海は、これまでの航海と違って、各島を楽しむことなく少し駆け足で通り過ぎた。 
移動することが目的ではない今までのスタイルとはちょっと違った。
 
宮古~沖縄本島間の距離は少なくとも4日の安定した天候でなければならない。(と私は思っている。)

気の向くまま島で停滞する程、このコースは寛容ではないだろう。
今回は僅かな停滞はあったものの、天候と運に恵まれ渡らせてもらうことができた。
だが、たった一瞬の好条件に支えられて超えられたに過ぎない。
これからも自然への畏敬を忘れてはいけないと思う。

また伊良部島での夜、12L入りの水管に水を半分しか入れなかった。
たった6Lとはいえ風が止まり、北が吹き始めたあの夜、最悪を想定しなかったことを悔やんだ。
結果として12Lを残してゴールしたが、もし風が最後まで吹かなければ残り150km約30時間を漕ぎ続けることになる。
(内50kmは漕ぎで進んだので実質的には100km)
体力を消耗する日中の漕ぎを考えれば消費は別なものになっていただろう。

今回12Lの水管1本+2Lのペットボトル10本+12Lの水管に6L=トータル38L、
44時間で水の消費は26L、残12L。1日平均1人1.6L。  
準備は最長で3日間の予定なので2L(1日最大消費量)×8(人)×3(日数)=48L+予備、辺りになるのだろうか? 

前日、幾つかの天気サイト情報から風は気まぐれにどこかで止まり、またどこかのタイミングで吹く基本的に南の緩やかな風は吹き続けるだろう、この4日間、天気の不安要素は見当たらなく、これ以上ないコンディションと判断した。(積乱雲は別として) 

行先は久米島か座間味か。
いずれにしても(30時間)翌日昼前の到着を予想していた。
仮に予想以上に風が落ち、遅くなったとしても日が沈む前に(40時間以内)どこかに着けるだろう。
そんなシミュレーションを疑わなかった。
天候の安定に緊張感が薄れ計画に甘さがあったと反省しなければならない。


私たちの旅の目的は何かの大義がある訳ではない。単にやりたいことをやっているだけだ。
自立する旅、と言っても、実際は例外なく多く人たちにお世話になっている。

見ず知らずの人から受ける無償の優しさ、仲間を思いやる心、抗しようもない自然への畏敬、人にとって最も大切なことを教えてもらう日々のようだった気がする。 

Text by  キャプテン 森 洋治





Sabani Trip 2014 Crew

    



    



    



    















島々での出会い、サバニ、仲間、自然、全てに心から感謝。

サバニ航海2014クルー一同






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